魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
ノートパソコンのディスプレに映し出されているのは、体重や身長などの身体測定のデータ。背の高さや体重から考えて、おそらく子供のものと思われる。
作業をしていると、すぐ近くで対大型昆虫用のバズーカが扉に向かって放たれた。
坑道に響く轟音。
少し天井が崩れてきた。
ライザはピタッと手を止めた。
「うるさいわよ、もっと静かにやりなさい!」
ライザの怒号に兵士たちは背筋を伸ばした。
フルフェイスで隠れている兵士たちの顔だが、その下ではさぞかし嫌な顔をしているだろう。どんな手段を使ってでも扉を壊せと命令したのはライザだ。
どんな手も使えなくなった兵士たちは、打つ手がなくなり静かになった。
アレンたちはいつになったら出てくるのか?
持久戦が開始された。
それも数分と持たなかった。すぐにライザが痺れを切らせたのだ。
「帰るわ。彼らが出てきたらすぐに捕らえて連絡なさい」
帰ると歩き出したライザとは逆の方向から人影がやって来る。
不気味な仮面の主――隠形鬼。
ライザは眉をひそめた。
「なぜアナタがここにいるのかしら?」
「私ノ力ガ借リタイト呼バレテ参上イタシマシタ」
「アタクシは呼んでないけれど?」
兵士の中から火鬼が割って出てきた。
「わちきが呼んだでありんす」
さきほどは土鬼が暴れ回って出番がなかったが、じつはこの場に火鬼もすでにいたのだ。
ライザは首を傾げる。
「なぜ?」
「隠形鬼のお頭様は、この手の物に精通しているのでありんす」
それを聞いてライザは喜びもせず、あからさまに嫌な顔をした。
――自分に開けられなかった扉をこいつが開けるのか?
鼻で笑ったライザ。
「どうぞ、できるものなら開けていただけるかしら?」
「御意」
そう短く返事をして隠形鬼は扉に向かって歩き出した。
扉の前に立った隠形鬼は首を縦に動かし観察しているようだった。
「フム、ゴク最近造ラレタ扉ノヨウデ……失ワレテイル筈ナノニ、珍妙ナ」
仮面の奥から低い笑い声が響いた。
ここは?失われし科学技術?の遺跡だ。新しい物がある筈がない――というのが当然だ。この扉を造り直したのはリリスだった。
しかし、なぜ?最近?とわかったのか?
隠形鬼は扉に触れた。ただそれだけだった。
《認証完了しました》
扉が開く。
ライザは驚きのあまり目を丸くしてしままま声も出なかった。
「……ッ!?」
衝撃と共に悔しさが込み上げてくる。
自分が開けられなった扉を開けた。それも何か大がかりなことをしたわけでもない。時間を掛けたわけでもないのだ。
どうやって開けたのか聞くことすら、ライザのプライドが許さなかった。
ライザはヒールを鳴らして遺跡の中に入った。
「行くわよ」
その声には怒りがこもっていた。
なにもない部屋。その部屋にはなにもなかった。アレンたちの姿すら――。
さらにライザの怒りは増した。
「どういうこと?」
空の箱と化している部屋。
一見してなにもない部屋だが、ライザは仕掛けがあることを知っている。前にリリスが目の前で、エネルギープラントを目覚めさせたのを見ている。
ライザは床や壁を調べはじめた。出口に繋がる仕掛けもあると考えたのだ。
しかし、見つからない。
「触れるだけでは駄目なのね。呪文を唱えているようには見えなかったから、生体認証[バイオメトリクス]かしら」
ライザはちらりと隠形鬼を見た。
「ここのギミックを動作させることはできて?」
挑戦を突き付けた。
「ハテ、私ニハ不可能ナヨウデ」
「……そう」
ライザは嫌な顔をした。
隠形鬼の言葉が嘘か真かわからない。なにも調べもせず、不可能だといきなり言ったのだ。扉をいとも簡単に開けた者の言葉なのか?
兵士が慌てて部屋に飛び込んできた。
「連絡します! 不審な乗り物を目撃したとの情報があり、調べさせたところ、すでにトッシュ一味は町を出た模様です」
報告を受けたライザは床を調べるのをやめて立ち上がった。
「やはり抜け道が……まあその件はあとでじっくりと調べましょう。まずは彼らの捜索を第一に、全員生け捕りにするのよ。鬼兵団にもちゃんと仕事をして欲しいものだわ、前回は彼らを前にしてなぜか引き上げたらしいけれど?」
火鬼が持っている壺を指差して訴える。
「それはこの莫迦が命令を聞かずに!」
「私ノ命令デ御座イマス。土鬼ガ無礼ヲ働イタ為、日ヲ改メル事ニ致シマシタ」
隠形鬼の話を聞いて、ライザは睨みを利かせた。
「騎士道か何かのつもりかしら、そんなの求めてないわ。こちらがが望んでいる仕事をしてくださらない?」
「わちきはちゃ〜んと自分のお勤めはしたでありんす」
「それはアナタ方内部の役割分担の話で、こちらは鬼兵団という組織に依頼をしているのよ。果たせなければ連帯責任よ」
「私達ハ自由意志デ集マッタ寄セ集メ、連帯責任ナド誰モ取リタガリマセン」
「ならトップであるアナタが責任を取りなさい」
ライザはそう言って微笑んだ。完全に隠形鬼を目の敵にしていた。
「ソレハ分カッテオリマス」
依頼内容をライザは再度確認する。はじめの依頼から、ここまでの間に追加された内容もある。
「まずトッシュ一味を生け捕りにすること。そして、ジードの残党を見つけ出して始末、リーダーも早く見つけ出してルオ様の前に突き出してくれないかしら?」
「ソノ件デ御座イマスガ、じーどノりーだーハ既ニ死亡シテイル模様」
「なら新しいリーダーかその候補、サブリーダーとかいるでしょう。気が利かないのね、まったく。とにかくリーダーの代わりになる奴を捕らえなさい」
「御意」
隠形鬼は頭を下げて出口へ歩き出した。
「行イクゾ火鬼」
「あいよ」
鬼兵団がこの場から去ったあと、ライザはつぶやく。
「隠形鬼……信用できない奴ね。いつかあの仮面を剥がしてやりたいわ」
ライザは艶やかに笑った。
砂漠を走るタイヤのない自動車。
楕円形のその車は、少し地面から浮きながら走行している。
運転席のリリスが横の助手席にいるトッシュに尋ねる。
「どこか行く当てはあるのかい?」
「ない。近くの町も村も帝國の追っ手が現れるだろうな」
鬼兵団だけではなく帝國まで絡んできた事実を彼らは知った。坑道で土鬼とライザがいっしょにいたのが証拠だ。
後部座席からアレンが前の席に身を乗り出してきた。
「なあなあ、そんなことより取り出した情報見ようぜ」
「お前らには見せん」
きっぱりとトッシュが言った。
さらにアレンが身を乗り出してきた。
「え〜っ、なんでだよ〜!」
フローラがトッシュに託した帝國の機密情報。シュラ帝國の機密となれば、世界を揺るがすだけの価値はある。そんなものを易々と広めるわけにはいかない。
「わしはもう見たが?」
リリスが妖しく微笑みながら言った。
それに関しては、トッシュも許容しているようだ。
「あなたに頼んだ時点でそれは承知だ。リリス殿は世俗にあまり関心がないようなので、むやみやたらと他言することもないだろうし、なんでも自分の力でできるあなたに帝國の情報なんて価値もないだろう」
「さて、それは時と場合によるがね」
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)