魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
リリスは妖しく笑いながらまた部屋の奥へと消えてしまった。
気がつくと箱も扉も投影機も、何もない部屋に戻っていた。
「……三時間もこの部屋で待っててか。おいっ、糞餓鬼起きやがれ!」
トッシュはアレンを揺さぶってみたが反応はゼロだ。
あきらめたトッシュは床に寝っ転がった。
「寝る!」
朝方の作戦だったため、ろくな睡眠も取っていなかった。
トッシュはすぐに眠りに就いた。
「お〜き〜ろ〜よ、オッサン!」
アレンがつま先でトッシュの脇腹を蹴ろうとした。
殺気!
瞬時に目を覚ましたトッシュはすでに銃口をアレンに突き付けていた。
「変な起こし方すると撃つぞ?」
「起きてたのかよ?」
「いや、寝てた。眠りが浅いんだ、いつ敵の襲撃があるかわからんからな」
?一匹狼?だったトッシュは、常に自分の身は自分で守る必要があったのだ。
この場にはリリスもいた。
「いつでも情報は見られるようにしといたよ。こいつの使い方がわかれば、の話だがね」
ある物をリリスはトッシュに手渡した。
「パソコン……らしいが、今出回ってるもんじゃないだろこれ。こんな小型の見たことないぞ」
A4サイズのノートパソコンだった。
リリスは首を横に振った。
「いや、これは今の時代の物だよ。帝國がつくった最新型さ」
「さすが帝國だな。一〇〇年先行ってやがる」
一〇〇年というのは言い過ぎだろうが、シュラ帝國が世界最高水準の科学技術を持っているのはたしかだ。
しかし、着目するべき点はそこではないだろう。
アレンは首を傾げていた。
「どこで手に入れたんだ?」
この場所に来た理由は、帝國の力を借りずに記憶媒体から情報を取り出すため。帝國のノートパソコンがあるのなら、ここに来た理由がわからない。
「つくったんじゃよ、わしが。帝國の最新型と言ったが、正確にはそれを真似てつくったもんさ」
そんなことが可能なのか?
可能だとしても、帝國のノートパソコンの情報、設計図などは、いつどこで手に入れたのか?
妖しく笑うリリス。
トッシュたちが眠っている間に、リリスは外に出て帝國のノートパソコンを研究して来たのか?
わざわざ外に出て、そんなことをするくらいなら、ノートパソコンごと盗んでくればいい。 それらを考えたトッシュは頭が混乱した。
「つくるったって、どうやって?」
「シュラ帝國の技術はすべて?失われし科学技術?が元になってるのさ。それに依存しすぎていることが仇となったね。まあここの技術を使える者じゃなきゃ、帝國の脅威にはならんじゃろうが」
「よくわからんのだが?」
「おぬしは知らんでいいことじゃよ」
そう言われると余計に気になる。
トッシュは宝の山を目の前にして手をこまねくことしかできないのか。
「リリス殿、折り入って話があるのだが?」
「おぬしにはなにもやらん」
「言う前から! そこをなんとならんか、エネルギープラントは手に余る物で諦めたが、なにかもっと手軽で便利な物を一つでいい!」
「さあ、用は済んだ。ゆくぞ」
リリスはトッシュを置いて歩き出した。
それでもまだトッシュは食い付こうとした。
「リリス殿! リリス殿!」
リリスは完全に無視をした。
その二人の姿を見ながらアレンは溜息を漏らした。
「オッサンのクセして子供みてえだな」
こうして三人はこの場をあとにすることになった。トッシュは後ろ髪を引かれながら――。
開かれる扉。
坑道へと続く道。
トッシュは銃を抜こうとしたが、向こうのほうが早かった。
「……だろうな」
予想していたかのようなトッシュの呟きだった。
遺跡を出てすぐに待ち構えていた兵の群れ。今から蜂の巣でもつくるかのように、向けられている数え切れない銃口。
中で時間を食ってしまった結果だ。待ち伏せは当たり前と言えば当たり前だろう。
そこまでの予想はできた。
問題はさらにあった。
「ごめんなさぁ〜い、また捕まっちゃいましたぉ〜っ」
捕まっているセレン。
その横で艶やかに笑っているライザ。
「朝食でもご一緒にいかが?」
その誘いにアレンが答える。
「なに喰わせてくれんだよ?」
「お腹いっぱいの銃弾なんていかが?」
「腹に穴開けられたら膨らむもんも膨らまねえよ」
たったひとりの人質を取られただけで、窮地に追いやられた。人質さえいなければ、トッシュはいくらでも策を考えていた。追い詰められたときには、最後の手段としてリリスという駒もある。
トッシュは頭を抱えた。
「なんで捕まっちまったんだよシスター」
「ちょっと教会の様子が気になって、その帰りに見つかってしまって……」
「大人しくしててくれよ。なんのために俺様が隠れ家を提供したと思ってるんだ」
「ごめんなさぁ〜い」
謝って解決する問題ではない。
急に兵士たちが騒ぎ出した。
「そいつはおらの獲物だ。だれにも渡さねぇ」
兵士たちの足下から土鬼の上半身がせり出してきたのだ。天井の低いこの場所では、足の先まで顕現することはできない。
ライザが命ずる。
「全員殺さず捕らえなさい。抵抗するようなら手足くらいなら奪っても構わないわ」
そんな声など土鬼は聞いていなかった。
土塊である巨大な拳が狭い坑道で振り回された。
壁が砕かれ、天井からも硬い土の破片が落ちてくる。
巻き添えを食う兵士たち。
ライザも後ろに引くしかできなかった。
「やめるのよ土鬼! この莫迦鬼!」
罵る声も破壊音に掻き消されてしまった。
土鬼はライザの命令を無視してトッシュに襲い掛かった。
その混乱に乗じてアレンはセレンを救出しようと動く。
セレンを捕らえている兵士は怯んでいる。暴れる土鬼に気を取られて、アレンたちどころではないようだ。
どこかで〈歯車〉の音がしたような気がした。
兵士が気づいたときには、拳が目と鼻にあった。
アレンの強烈な一撃。顔面の骨を砕き、一発で兵士を倒すと、すぐにセレンの躰を抱えた。
「逃げるぞ!」
「どこにですか!」
逃げ場などない。
ただでさえ兵士で道が塞がれているというのに、土鬼の登場でさらに道は狭くなった。その土鬼はトッシュと交戦中で、こんな狭い場所で近付けば巻き添えを喰うのは避けられない。
脱出できないのなら、戻るしかあるまい。
アレンはセレンを抱きかかえたまま遺跡に飛び込んだ。
すでにリリスは扉を閉める準備をしている。
慌てるトッシュ。
「おいっ、俺様を見殺しにするつもりか!」
土鬼を置いてトッシュが入り口に飛び込んだ瞬間、扉は閉まった。
また遺跡の中に戻って来た三人とセレン。
アレンはリリスに尋ねる。
「で、出口は?」
「さあ、そこ以外にあったかのぉ」
外では敵が待ち構えているだろう。
トッシュは愛銃の〈レッドドラゴン〉を握り締めた。
「今度は人質なしだ。どうにかなるだろう」
「ご、ごめんなさい」
セレンはしゅんと肩を落とした。
《4》
部下に命令はしたが、無駄だとわかっているライザは、ノートパソコンに向かって自分の研究を進めていた。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)