魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
さっそく名前を呼ばれてセレンはなんだか気恥ずかしかった。
出会ったばかりなのに、どんどん距離を縮めてくるワーズワーズに戸惑う。
「わ、わたし行きますから。くれぐれもよろしくお願いしますからね!」
セレンは走り出した。
このまますぐ教会を飛び出す勢いだったが、ちゃんと金品の蓄えは持ち出した。無闇に人を助けても、しっかりするところはしっかりしているらしい。
《3》
まだ人々が眠っている早朝。
速やかに密やかに作戦が遂行されていた。
なによりも重宝したのがリリスの助援であった。
見張りの男を立ったまま硬直させ、声を出せない状態にしたリリスの術。遠めから見る分には、見張りを続けているように見える。これによって少なからず、発覚までの時間が延ばせただろう。
トッシュが活躍する機会など与えられぬほど、リリスは積極的に動いた。これも気まぐれだろうか?
なにもしなくていいと言われていたアレンだったが、実際に何か起これば働かなくてはならなかっただろう。けれど、その機会もついにやって来なかった。
前にもこの場所に来た。
何もない扉。何もないが故に、限られた者しか開けることができない。
また再びリリスがこの扉を開いた。
部屋の中は前となんら変わらない何もない部屋。
「おぬしらはここで待っておれ」
そう言ってリリスはほかの部屋に移動した。
トッシュは驚いた。
「ほかの部屋があったのか!?」
「知らなかったのかよ? なんかいろんな部屋があって、いろんなもんが収納されてるみたいだぜ」
アレンが譲り受けたエアバイクもここで手に入れた。
驚きと共にトッシュはショックを受けていた。
「だったらここはトレジャーハンターにとって夢の場所じゃねえか。こんな近くに宝の山があったのに、今まで俺様はなにをしていたんだ」
後悔も押し寄せてきた。
トッシュは床や壁を調べはじめた。
だが、リリスのように開くことができない。
「なあ、これどうやって開けるんだ?」
「俺に聞くなよ。リリスに聞けばいいだろ」
「ここのもん勝手に持ち出すのに、あの婆さんに許可取るなんて莫迦か」
「おいおい、持ち出すなら許可取らないあんたのほうが莫迦だろ」
アレンに構わずトッシュは開き方を調べ続けた。
床、壁、天井、凹凸一つない。
仕掛けらしき仕掛けがなく、どうやって開くべき扉すらどこにあるのかわからない。
探せど探せど手がかりもなく時間だけが過ぎていく。それでも宝を目の前にしたトッシュは諦めることを知らなかった。
そのうちアレンも暇になってきて、辺りを調べはじめた。
リリスが扉を開けるのを前に何度も見たアレンは、それをよく思い出してみることにした。
――ただ触れただけ。
そうとしか見えなかった。
その動作だけで、亀裂のなかった場所から箱が出てきたり、次の部屋の扉が現れたりした。
ためにしアレンもただ触れた。
当然の反応であると言わんばかりに何も起きない。
おそらくただ触れるだけは駄目なのだ。それでいいのならば、さきほどからトッシュがむやみやたらに触れており、下手な鉄砲も数を撃てばそのうち当たりそうなものだ。
?触れる?とい動作は必要な動作なのだろう。?触れる?からには、触れた瞬間に何かをしているはずだ。
アレンは考えた。
考えた結果……わからなかった。
「糞ッ、わかるかんなもん。ぶっ壊してやる!」
〈グングニール〉が抜かれた。
それを見てトッシュは慌てアレンに飛び掛かろうとした。
「馬鹿野郎!」
しかし、これ以上近付くのは危険だった。
アレンが引き金を引いたのだ。
稲妻が床に当たった瞬間、アレンの躰が海老反りになって飛び上がった。
瞬時にトッシュは自らの意志で高くジャンプしていた。
一瞬にして電流が部屋中を駆け巡った。
倒れたアレン。
着地したトッシュ。
すぐにトッシュはアレンの様子を見るのではなく、自分の靴の裏を調べた。
「なんだよ、ちょっと溶けてるじゃねえか」
ジャンプは間に合わなかったらしい。けれど、ゴム底は電気を通さなかったようだ。
靴を調べ終わると、トッシュはアレンの頬をぶった。
「おい、寝てないで起きろ。飯だぞ!」
「う……ううっ……ひでえ目に遭った……」
「自業自得だろ。おまえ本当に莫迦だな」
アレンのブーツは、その機動力を生かすために頑丈な金属でできていたのだ。
どこかで〈歯車〉の音がした。
「糞ッ……勝手に……」
アレンは歯を食いしばりながら胸を押さえた。
「おいっ、どうした?」
目を丸くしたトッシュはアレンの顔から汗が噴き出すのを見た。
汗は尋常な量ではない。
トッシュはアレンの頬に触れて見た。
燃えるように熱い。
「おいっ、大丈夫なのか!?」
どこかで〈歯車〉が激しく廻る音がした。
部屋が動き出す。
何もなかった壁や床に、直線で構成された迷路のような光の線が走った。
大小様々な箱が次々と現れる。
扉という扉が次々と開いていく。
部屋にあったものがすべて解放されているのだ。
《認証完了しました》
合成音が響いた。
そして、最後の部屋の中心に現れた巨大な球体。
それはシャボン玉のように、流動しながら七色に輝いていた。
球体からホログラム映像が投影され、宙に映像が映し出された。
映像は酷く乱れ、ノイズでかろうじて人が映っているのがわかる程度だった。
《……サイゴノ……キボウ……》
音声も途切れ途切れだ。
《アナタガ……ワタシノセイシン……コノヨニ……》
アレンは瞳を見開き驚いた顔をして硬直したまま。
なにが起きているのかトッシュは理解に苦しんでいた。
「なんなんだ……なんのメッセージだ?」
おろらくこれは今通信されているものではなく、残されていたメッセージだ。
メッセージには必ず受け取るものがいる。
このメッセージはいったいなんの目的で残されていたのか?
《……オソロシイケイカク……アナタダケ……ラクエン……スベテハソコニ……》
ノイズがさらに酷くなっていく。
《……ホントウニ……ごめんなさい》
最後の言葉だけ、はっきりと女性の声で聞こえた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突然アレンが叫んだ。
「どうした!?」
慌ててトッシュはアレンを押さえる。
アレンは狂ったように床の上を転げ回りながら暴れた。
艶やかな風が吹く。
場を一転させるほどの存在感を持つ者がアレンの前に現れた。
妖女リリス。
世にも美し過ぎて怖ろしいリリスの顔が、半狂乱のアレンと向き合った。
リリスの瞳が妖しく輝いた刹那――アレンは気を失った。
すぐにトッシュがアレンを抱きかかえた。
「こいつに何があったんだ?」
と、アレンに視線を向けてリリスから目を離し、再びリリスに視線を戻すと――すでにそこにいたのは妖婆だった。
「まったくとんだ邪魔が入ったね。この子のせいでシステムがちょいとイカれちまったよ。メモリの情報を取り出すのに二、三時間は掛かるから大人しく待ってな」
「二、三時間も掛かるのか? この糞餓鬼のせいでか!?」
「今は寝かせておやり。起きたらこっぴどく叱ってやるんだね」
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)