魔導装甲アレン2-黄昏の帝國-
「俺様が持ってる情報なんておまえらといっしょだ。仲間捜しは俺様でもおまえらでもどっちでもできる仕事だ。仲間を見つけたら、そこから俺様に仕事を変わればいい。だが、ここでフローラを待って話をスムーズに進められるのは俺様なんだ。はっきり言って、こんなところでただ待ってるなんてごめんだが、これが良い策なんだ」
「はいはい、わかったよ。行くぞセレン」
この場をあとにしようとしたアレンたちに、トッシュはトランシーバーを投げて渡した。
「二キロ弱くらいが圏内だ。無駄な通信と、重要な内容は話すなよ、傍受なんて簡単にできるからな。あと俺様や自分たちの名前も言うんじゃないぞ」
「はいはい」
軽い返事をしてアレンはセレンと立ち去った。
残ったトッシュは屍体の片付けをはじめた。
短い間でも、仲間は仲間だ。この仕事をアレンとセレンに任せないという理由もあって、じつはトッシュはここに残ると決めたのだった。
大部屋である作戦室に屍体を一体ずつ運ぶことにした。
顔を失った血みどろの屍体の足を持って引きずると、廊下に血の痕が伸びる。余計に無残な光景になるが、手短な運ぶ道具もないので仕方がない。
黒こげの屍体は今にも崩れそうで、かなり慎重に運んだ。
一体一体重ならないように部屋に並べていく。
すべての屍体を並べ終わり、トッシュは仕事終わりの一服をすることにした。
屍体たちに背を向けて煙草を吸っていると、どこかから足音が聞こえた。
静かな足音。
気配は感じられない。なぜなら気配の?気?がそれにはなかったからだ。
動いていたのは屍体だった。
顔のない屍体がゆっくりと起き上がりトッシュに迫ってきたのだ。
躊躇なくトッシュは〈レッドドラゴン〉を撃った。
死肉を貫通した銃弾。
血は出ない。
苦痛すら発しない。
身動きすら止めなかった。
――相手は屍体なのだ。
「屍体が起き上がるなんて悪い夢でも見てるのか?」
トッシュは逃げることにした。
撃っても死なない――いや、はじめから死んでいる相手は二度も殺せない。
弱点はどこだ!?
部屋を飛び出したトッシュは辺りにある物に目をやった。使えそうな物を探す。
銃弾の殺傷方法は、出血、臓器破壊、脳に損傷を与えるなど、一部の機能を奪うことによって、生命活動のすべてを停止させる。相手に与える傷事態は小さな物だ。つまり、生きている人間には絶大でも、死んでいる人間には微少な攻撃になってしまう。
死んでいる人間に有効な攻撃は、大きな物理的破壊だ。
床にサーベルが落ちていた。血が一滴も付いておらず抜かれている剣は、敵とに一太刀も浴びせらなかった証拠。
サーベルを拾い上げたトッシュは、その刃を顔のない屍体――ゾンビの太股に振るった。
刃は硬い物に当たって止まった。骨までは断てない。太股にある大腿骨は人間の躰でもっとも太い骨だ、この程度の武器では歯が立たない。
サーベルは太股に刺さったままだが、トッシュはそれを残して再び走って逃げた。
敵の脚さえ潰せば、滅することはできなくても、機動力は奪える筈だった。
一体ですらこんなに手こずっているのに、後ろからは続々とゾンビが追いかけてくる。
追いかけてくるゾンビはすべて顔がなく焦げていない者。こちらの屍体だけになんらかの処置がしてあるに違いない。
魔導師でもないトッシュにその検討がつくわけもなく、物理的な大打撃を与えるか、逃げることしかできなかった。
幸いだったのはゾンビたちが人間ほどの敏捷性を持ってないことだった。おそらくその要因は死後硬直によるものだろう。
逃げて逃げ切れない相手ではないが、問題はどこまで追いかけてくるのか。たとえ姿が見えないところまで逃げ切っても、いつかはやって来てしまったらどう立ち回る?
「トッシュ、こちらです」
女の声がした。
取っ手もないなにもない壁が開いていた。隠し扉だ。
闇の奥に立っている女の姿。
「フローラ!」
驚きながらトッシュは声をあげた。
「早く入って」
フローラに促され、トッシュは隠し扉の中に入った。
すぐさまフローラは扉を閉めた。
扉の向う側から突撃するような音と振動が伝わってくる。
「大丈夫です、彼らには開けられませんから」
そのフローラの物腰も声も動じていない。あんな動く屍体を目の当たりにしても動じていないのだ。
暗い廊下をほのかに灯すランプの光。細い廊下は人がやっと二人並んで立てるほどの幅だ。
「ここを通れば繁華街の裏に出ることができます」
廊下を進む。
ゾンビたちが追ってくる物音などは聞こえない。
「心配したんだぞ、大丈夫だったのかフローラ?」
「ええ、なんとか。襲撃されてすぐに仲間がわたくしのことを逃がしてくれたの。リーダーを失ったばかりで、わたくしまで失えないと……」
フローラもあの場にいたのだ。
「仲間をやった奴は見たか?」
「いいえ、わたくしはすぐに逃げたから。あの場所で何が起こったのかわからないわ。だから時間を置いて様子を見に行ったら、あなたがちょうど襲われているところに遭遇して」
「あの場には屍体しかなかった。その屍体がいきなり動き出したんだ」
「やはりあれは……顔を見なくてもそうだと思ったわ」
しばらく歩いて下水道に出ると、そこから地上に上がった。
繁華街の裏通りだ。
フローラはトッシュを見つめた。
「ここでお別れよ」
「なに!?」
「わたくしは大勢の敵に狙われているの。だから姿を隠さなくては」
「なら俺様がいっしょにいて守ってやる」
「それは駄目よ」
「巻き込みたくないとでも言うのか?」
「違うわ、頼れるあなただからこそ、頼みたいことがあるのよ」
そう言ってフローラは銀色の小箱を取り出した。
箱を開けると中にはクッションに包まれた四角く薄い物が入っていた。
「これはミクロSDカードと呼ばれるもの。大容量の記憶媒体よ」
「これが記憶媒体だと? こんな小さな物になにかを記憶できるっていうのか!?」
「帝國の科学力は世界最高水準ですもの。一般に流通していなくても、こういう物が存在しても不思議ではないわ」
「ということは、帝國の情報がこの中に入っていると言うことか?」
「ええ、最高機密が」
フローラは箱を閉めて、その箱をトッシュに握らせた。
「あなたに託すわ」
「わかった」
一つ返事でトッシュは受け取った。
フローラは躰をトッシュに向けたまま、一歩後ろ下がった。
「どうやって中身を見るのかわからないの。その方法をあなたに探して欲しいのよ。帝國はそれを狙って襲ってくる、今はまだわたくしの手にあると思ってわたくしを襲ってくるでしょう。けれど、わたくしの手にないとわかれば、あなたが襲われる。そうなる前に、なんとしても中身を見て、それを役立ててちょうだい。さようなら、トッシュ」
フローラは背を向けて走り出した。
「フローラ!」
追いかけることはできた。
しかし、トッシュは願いを託されたのだ。
フローラを追うことはできない。
《2》
トランシーバーで連絡を取り合い、飯屋に集合することになった。
作品名:魔導装甲アレン2-黄昏の帝國- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)