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舞うが如く 第六章 7~9

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舞うが如く 第六章
(9)庄内地方の大凶作
 



琴が、兄の良之助夫婦とともに、
新徴住宅に移り住み松ヶ丘開墾場で働き始めてから、
早くも3年目の春を迎えようとしていました。



 桑畑は順調に育ち、
蚕用の飼育施設も次々に整備されます。
開墾計画は、すべて順調に進んでいるかのように見えました。
しかし、入植した士族の日々の貧しい暮らしぶりは相変わらずのままでした。
ほぼ自給自足に近い生活のまま、厳しい困窮ぶりは続きます。


 新徴組の集団脱走にとどまらず、
旧庄内藩士たちの中からも、脱走する人間が増えてきました。
取り締まりと罰則が強化されても、水面下に潜む不平と不満は、
四六時中、開墾作業とともにつきまといます。
これらの肉体的苦痛と生活の困窮は、松ヶ丘開場では
3年以上にもわたって続きました。



 士族による開墾がすべて、と松ヶ丘の記録上は残されていますが、
周辺農民たちからの援助や協力ぶりには、
きわめて甚大なものがありました。
とりわけ、野菜や穀物類の栽培や生産においては、
農民たちによる指導が、不可欠といえました。
ほとんど収入の無い末端士族たちにとっては、この助力があってこそ
生き延びたといっても過言ではありません。



 またこの頃になると、
旧藩主や旧庄内藩による重税と、たび重なる資金調達の強要のために、
庄内地方一帯の農民が疲弊しきっていたことも事実です。
この開墾事業が始まる少し前の明治2年に、
大凶作が庄内地方を襲っていました。



 またこの頃に、従来からの年貢制度が廃止をされています。
あたらしい税制と税率が、新政府によって導入されました。
そのひとつとして、『石代納』が認められました。


しかし新政府の直轄地とされた第1次酒田県では、
その石代納を領地内に徹底をせず、
すべてを従来通りの現物納に変えてしまいました。



  ※石代納とは、江戸時代につくられた税制のことです。
  その特徴は、年貢(ねんぐ)を、金や銀、銭で納入させることです。
  土地の生産力を、石高(こくだか)に換算して、租率を掛け、
  米で納めさせるのが当時の原則であったために、
  主に、畑方の年貢の場合などに用いられていました※