舞うが如く 第六章 7~9
「覚えてはおいでと、思われますが、
兄と慕う、山南敬助を介錯した折に、
総司が、私のところへ短い便りを書き送ってまいりました。
その折に、良き女人と行き会った故、くれぐれもご心配などご無用にありと、
そうしたためてありました。」
林太郎が琴の顔を、正面から見つめなおします。
「総司は、姉二人を上にもつ、男一人の末っ子でした。
幼いころから、近藤家の誌衛館に住み込みで育ち、
剣以外には、遊び方の一つさえも知らない、引っ込みがちな子供でした。
京都にて、浪士組が江戸に引き返すと決まった時にも、
近藤とかけあって、実は無理やりにでも、
総司を連れ戻す決心でおりました。
一人前の剣士とはいえ、総司はまだ20歳に満たない若輩者です。
どうあっても、連れ戻すつもりで説得をしたのですが・・・
総司自身に、見事に却下をされてしまいました。
おそらくは・・
あなたが京都に残ると決めた時から、
総司も、京都での残留を決めたようだったと思えます。
出来ることであれば、
京都であなたを守り通したかったのかもしれませぬ。
だが手合わせをした際に、
あまりにも見事に一本をとられたために、
その後は、ずっとそんな思いを胸に秘めたままにしていたようです。
総司とは、そんな男です」
「琴、受取るがよかろう。
男が腕をかけ、すべての意地と生命を賭して、
おまえのために、残したものにあろう。
それは、沖田総司という一人の男が、
女人を愛して、この世を生きぬいたという証拠の品々でも有る。
終生、大切にするがよかろう。」
兄の良之助は、それだけ言うと、
林太郎に一声かけて、道場を後にしてしまいました。
深く一礼をした林太郎も、良之助を追うように、
こちらも道場を後にしてしまいます。
沖田の遺品と道場の静寂だけが、琴の前に残りました。
作品名:舞うが如く 第六章 7~9 作家名:落合順平