小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

徴税吏員 前編

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 「よろしく。今度から貴方の敵となる大沢です。これ名刺代わりです」と言って、大沢は一通の差押調書を差し出した。「ある時払いの5千円。よく、貧乏を演じてうちの山本を騙してくれましたよ。不服があるなら弁護士に相談してもらっても結構です。我々は何もやましいことはしておりません。堂々と戦います。」窓沢夫妻はしぶしぶ帰っていった。
和は自分が積み上げてきた徴収の手法を大沢に全否定された。「苦労して説得してようやく自主納付している人から差押なんて裏切りじゃないですか!」
「なんでこんな潤沢な財産を見逃してたんだ。(健全な納税者に対して)裏切っているのはどっちだ。まだわからないのか!」と逆に和を喝破する。
「まず、調べるべきものを全然調べていない。住所・所得・滞納・固定資産を市町村に確認し、預金口座を調べる。これは最低限必須。特に滞納が数十万にも膨れ上がっているのに、その資力を知らずに、ただ相手の言うままに漫然と催告して、ある時だけ5千円受け取りにいっただけで仕事した気になっている。」大沢は淡々と和の失策を説く。

2「オマエは教師か?~催告に潜む偽善を見抜く」

 例年1年近く自動車税を滞納して、ようやく納税する自動車販売代理店を営む滞納者がいた。和の担当だが、いつも説得すれば払ってくれるという理由で、ずるずると1年延びて納付するのが通例となっていた。買い取った商品中古車を、新たな買い手が見つかるまで自分の名義で店に置いているのだが、数十台に及ぶため、1台3~5万円の自動車税でも、総額で100万近くに及ぶ。
 高額・悪質滞納者については、4半期ごとに、滞納額とこれまでの顛末及び今後の処理方針を書面にまとめ、本庁の税務課に報告するようになっている。
ここでは、各担当者から該当する事例について報告書を書いてもらい、それを取りまとめて上司の決裁をもらい、本庁へ送る用務がある。4月からは、大沢がこの用務を担当することになっている。
その中にこの滞納者を見つけ、大沢は和のこの姿勢に疑問を持った。
「これまでずっと催告した。今後も催告する。このような報告書で今まで課長と主幹は認めてきたのか?」
そうやって和を問いただすが、和は信頼関係を理由に調べないという。
「安易に差押えれば滞納者との信頼関係がなくなる。翌年以降どう付き合っていけばいいのか?」
と和は聞くが、
「オマエはいつから教師になったのか?我々の仕事は滞納者を教育して納期内納付に導くことか?」
 大沢はそう反論する。
「そうじゃないんですか?住民に対して理解を求めて一緒の方向に進んでいくよう努めるのが私達の職務だと思っています。」
 和はそう言う。
「憲法には思想信条・表現の自由が保証されている。極端な話、払わないと考えるのも主張するのも自由。しかし、納税は国民の義務でもあるからそれに背けば当然ペナルティを受ける。それを身をもって示すのが徴税吏員の務めじゃないのか?」
と大沢は投げかける。また
「漫然と催告すれば仕事した気になっている奴がいるが、俺は絶対にそんなの認めない。最低でも処分して強制徴収ぐらいしないと、我々が税金泥棒(仕事をしていない)と謗られることになる」
と和を批判する。
「オマエはもともと人に納期内納付を求められるほどの人格者なのか?なぜそんなに滞納者の気持ちがわかるんだ?」
大沢のたて続けの質問は続く。
「でも、我々の仕事は住民の意向に従わないと、それが民主主義国家じゃないですか?」
 和は言葉を振り絞る。
「違うね。法令を執行するのが我々の本分だ。あなたの言うことも間違いではない。但し、地方税法や国税徴収法を読んで勉強していればそんな言葉は出てこないはずだ。余談だが、俺は「公務員」とか「公僕」って言葉が嫌いでね。必ず「役人」と言い換えている。住民の代表たる政治が決めた法令を公平・公正に執行する。それこそ役人冥利につきると考えている。住民との対立なんて当たり前の話であって、それでも法の力でやらなければならないもの、守らなければならない秩序ってものがあると思っている。ちょうどそれは警察に近いものがあるかもな。好かれるか嫌われるかといえば嫌われるほうが多いはず。しかし、治安維持のためには絶対にいてもらわないと困る。我々の仕事もそれに近いようなもんだ。」
 淡々とだが、立て板に水のような大沢の話しぶりに、和は二の句が継げなかった。和には今の仕事に就く前に、かつて市に国民健康保険税の滞納歴がある。
しかし、大沢の迫力を前にそれを言うことができなかった。
 「人も入れ替わったことだし、滞納整理の方針についてもう一度課長まで交えてみんなで打ち合わせる必要があるね。今日の夕方、時間があるならみんなで集まりましょう。」
 主幹(班長)の田村がうまくまとめる。
 課長の狩野は「すまん。そこは見過ごしていた」というような目線を大沢に送った。大沢の赴任後、異質な行動を取っても上司たるこの2人は何も言わない。言わないどころか、非常に気を使っているところがある。
 翌日、この滞納者からは全額納付があった。しかし、今年からはこの滞納者に対しても、まず財産調査を徹底的に行う方針でまとまった。(つづく)

3「自分のために働く~私は人間だ」

 5月の連休明けから納税課はにわかに忙しくなる。
自動車税の納税通知書が発送され、その対応に追われるからだ。窓口には支払に来る客が相次ぎ、電話でも問い合わせが絶えない。まだ、簡単な内容の問い合わせなら良いが、中には「払いたくない」というように、答えに窮するような電話も少なくない。
その一方で、5/31が出納閉鎖で決算の締めになっていることから、昨年度の未納税金をなんとしてもこの日までに徴収しなければならないため、その対応もしなければならない。
そのような中で、相変わらず大沢の仕事の進め方は他と異質だった。他人が電話や来客で忙殺されている中でも、相変わらず一人静かに財産調査等の書類の読み書きに余念がない。
大沢も電話を取らないわけではないが、極めて短時間のうちに簡単に片付けてしまう。「払いたくない」という内容には「今、その車はどうしているか?車を持ち続けているうちはいつまでも税金はかかり続ける」また、差押のため銀行に行く直前にかかってきた「●日までの約束だったが金が工面できそうにない。しばらく待ってくれ」という内容には「これから他の差押にいかなければならない。あなたとじっくり話をする時間はない」と簡単に切って差押に出てしまう。
和などはとにかくじっくりと相手の話を聞き、なんとか理解と納得を得ようとするが、相手のペースに乗せられて1~2時間もつき合わされ、他の重要な仕事がだんだんたまっていくような状況だった。その仕事は窓口が閉まる17時以降に残業としてその日の夜遅くまでに処理される。残業の場合は必ず時間外勤務命令を申請するよう上司の狩野や田村は指導するが、なぜか皆サービス残業で夜遅くまで残る。
作品名:徴税吏員 前編 作家名:虚業日記