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徴税吏員 前編

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1「挨拶代わりです~一通の差押調書~」

「はぁ・・・・・・・・」深いため息を突く。
彼女の名は山本和(いずみ)、地方公務員、県庁に勤める28歳だ。
彼女の職場は熊本県相良地方振興局納税課、つまり県税の徴収が仕事だ。
主に自動車税、そしてまれに法人二税、個人事業税、不動産取得税等の滞納税金を徴収している。
滞納者からは罵声を浴びせられたり、目を覆うような貧困の家庭を見てしまったり、毎日鳴りっぱなしの電話と来客、そのようなものに追われて、すっかり心身共に疲れ果てていた。
 もともとは弱者を助けるためと「町おこし」に関心があったから手に入れた県庁職員の仕事。しかし、今の仕事は弱者に厳しく当たる事と「町おこし」には直接関係しない金銭の徴収ばかり。理想と現実のギャップに悩んでいた。
 地元から離れた所で一人暮らし。唯一の楽しみは異業種交流会やまちづくりボランティアに精を出し、広い交友関係を持っていることぐらいか。
 間もなく4月、新年度が始まる。和に異動の内示はなく、現在の職場で3年目、通算して5年目の県職員生活が間もなく始まろうとしている。
 しかし、何の感慨も楽しみもない。あるのは不安や絶望感だけだ。


 4月1日、そんな職場にある職員が異動でやって来た。
 「大沢と申します。よろしくお願いします。」
 抑揚のない淡々としたトーンでそう話した。
 大沢陽一、36歳、入庁して13年目の中堅職員だ。しかし、いつも無表情・無愛想である。人を突き刺すような鋭い目線。人に好かれようという気が全く感じられない。黙々と書面に目を通す。安易に話しかけることを許さないオーラを発している。
 
 和から大沢へ事務引継が行われた。税の徴収は滞納者の住所ごとに担当が分かれており、異動に伴い若干の担当地区の入れ替えが行われたためである。個々の滞納者の滞納状況やこれまでの経緯を和が話す。大沢は黙って聞いているが、必ず「何か財産調査したものはありますか?」と聞いてくる。和が「いや・・・・」と気まずそうに答えると、「わかりました」と淡々と返事を返す。
 その中に一つ、大沢にとってどうしても見過ごせない案件があった。




 和から引き継いだある個人事業主。滞納は数十万に膨れ上がっていたが、ある時払いで不定期に1回5千円の納付の繰り返しに留まっていた。
 「奥さんから連絡があったから徴収に行きます。引継ぎの挨拶も兼ねて、一緒に行ってもらえますか?」和の依頼に大沢は黙って頷く。
 その滞納者の事務所、窓沢自動車整備工場に行く。事業所内は確かに雑然としている。
 経理の責任者である窓沢の妻が5千円を差し出す。大沢はそれを受領する。妻は和に世間話を始める。
 「今日も売掛回収に行ったのに、全然払ってもらえなくて・・・・、滞納は申し訳ないと思ってるの。でもなかなかうまくいかないのよね。それに地方でこのご時勢だから受注自体が減って・・・・・・・」
 和は相槌を打ちながら話を続けるが、大沢にとって話の中身は興味なかった。なぜ滞納に至ったのか?なぜ5千円のある時払いなのか?個人事業税は事業所得に課税される税金である。本当に営業不振であれば、所得はあまりないはずである。しかしながら、毎年のように10万円単位で課税され、それが滞納としてたまっている。
 「結構儲かってますねー。少なくとも赤字じゃないことだけは確かですよ。確定申告の数字だけを見ればね」大沢は言ったが、
妻は「いや、儲かってるなんて、そんなことないのよ。苦労していて・・・・・・・・」
 話題をそらし、核心については答えない。

 事業所を後にし、車の中で大沢が尋ねる「なぜある時払いの5千円なのか」。
和は、再三催告してもなかなか応じなかったこと、少しずつ払ってくださいと言ってようやく払ってもらったこと、その時がある時払いの5千円だったことなどを話し、毎年高額で課税されていることは不審に思っていたことを話した。
 「なるほど」大沢は相槌を打ったところで、車はちょうど職場に帰りついた。

 4・5月を役所では出納整理期間と言う。3月までに契約などの支出の原因となる行為を行った場合は、その支払は5月までに片付ける必要がある。税金の場合は、5/31が決算の締めとされていて、その日までに前年度の滞納税金を回収してしまう必要がある。徴収率によって、それぞれの出先はランク付けされる。どこの出先の納税課長もこれを気にしていた。まるでプロ野球のペナントレースみたいに、1位(かAクラス)であれば6月に祝勝会、そうでなければ駄目納税課扱いされる。その責任は真っ先に長であるそこの課長に向かうのだ。

 さて、相良局納税課長の狩野は今の職場で2年目に入ったばかり。その徴収率に目がない。4月現在の同局の徴収率は99.93%、全11出先の中で4位。しかし、これを最後には99.995%以上、つまり小数点第3位を四捨五入して100にするのが夢である。
 この狩野の現役時代は凄腕の徴収実績で有名だった。滞納者については誰よりも厳しく当たり、差押などの滞納処分にも躊躇なく取り組んだ。各担当の滞納整理カードを見ては、課長席から電話をかけて滞納者に厳しい口調で納税を迫り、夢の100%を達成しようと思っている。その姿勢は部下にも同じで、徴収のうまくいかない部下については、その原因を厳しく追及した。
 
 大沢の仕事のスタイルは他と比べても異質だった。他の職員は片っ端から滞納者に電話をかけ、とにかく納税を迫っていたが、大沢は机に向かって、ひたすら書類を書いていた。それは市町村へ滞納者の所在や資力・勤務先等を照会するものであったり、金融機関へ取引口座があるかどうかを照会するものだった。国税徴収法141条による質問・検査権に基づくもので、滞納者の資産状況等はこれにより丸裸にされるといっても過言ではない。
 他の職員が納税催告の電話を続けている中でも、大沢は催告せず、その回答書にじっくり目を通す。
 珍しく、大沢が外出した。とはいえ、滞納者の家に催告に行くのではない。銀行に行き、窓沢の預金口座の入出金の明細を調べるためである。
 「大沢君、全然電話してないけど大丈夫なの?課長から怒られるかもしれないよ」班長(主幹)の田村淑子が心配そうに声をかける。
 「いえ、私はきちんと徴収の仕事をしています」大沢は反論する。
 課長の狩野にも、大沢の行為を咎める気配は全くなかった。それは大沢が何をしようとしていたかがわかっていたためである。

 数日後、事件は起きた。
 大沢は数十万円近くの預金差押を断行。窓沢の個人事業税の滞納が、延滞金も含めて一気に0になった。
 「え?なんで?」未だに状況が飲み込めない和。事情を理解して納得した狩野と田村。
 しばらくして窓沢夫婦が窓口に慌ててやって来る。「なんてことしてくれたんだ!これは他の支払いに充てる金なのに」大沢は無表情に「他の支払いって何ですか?確かにあなた方は現金払いの個人客には集金で苦労していたかもしれない。しかし、銀行口座では、いろいろ沢山の入金があった。ま、メインバンクなら借り入れもあるが、時期によってはそれを大きく上回る預金残高が現れる。
作品名:徴税吏員 前編 作家名:虚業日記