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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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LITTLE 第一部

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イライラしちゃ駄目。
そう自分に言い聞かせ、話を切り出した。
「麗太君がいる部屋。そこって、元々はパパの部屋だったの……」
 ドアの向こうから、少しだけ床の軋む音がする。
「この部屋に誰かがいてくれるだけで、パパがいてくれた時の事を思い出せる。ママが、そう言ってたの。馬鹿だよね。パパは、只の単身赴任なのにね」
 いつもはにこにこと笑っているけれど、きっと一番に泣き出したいのはママの筈だ。
「だから、麗太君にはパパに代わって、私達を守って欲しい。そう思って、この部屋を麗太君に選んでくれたんじゃないかな?」
 麗太君の息使いが、段々と荒くなっているのが、ドア越しからでも分かる。
 それほど動揺しているのだろう。
「だから麗太君は、もう私達の家族なんだよ」
 我乍ら、かなり恥ずかしい事を言ったと思う。
 頬が熱くなってくるのが、なんとなく分かる。
 きっと、真赤に赤面してるんだろうなぁ。
 ふと、ゆっくりと部屋のドアが開いた。
 麗太君は頬を赤らめ、必死に涙を堪えている。
 しかし彼の目蓋には、僅かに涙が浮かんでいた。
私から必死に視線を反らそうとしているのを見るに、強がっているのだろう。
俯く麗太君に、先程、部屋から持ちだしたメモ用紙の束と、シャーペンを手渡した。
「伝えたい事があったら、これを使って」
 麗太君は、メモ用紙の上にシャーペンを走らせる。
 書き終えた様で、それを見せる。
『僕は、平井の家族になって良いの?』
 不安そうな表情を浮かべて問う麗太君に、私は笑顔で答えた。
「勿論だよ。ママも言ってたでしょ? 麗太君が、パパに代わって私達を守ってくれるって。何も遠慮しなくて良いんだよ。麗太君は、私達の家族なんだから」
 その瞬間、何かが外れた様に麗太君の目蓋からポロポロと涙が零れ出す。
 やがて、彼は床に膝を付き、大きく泣いた。
 麗太君が声を失っていなければ、きっと大きな声を出していた事だろう。
 しかし、麗太君に声はない。
 いくら叫びたくても、泣きたくても、声には出せないのだ。
 ならママに言われた通り、私が彼の支えになってあげるんだ。
 春休みが終わったら、一緒に学校へ行って、友達と遊んで。
 休みの日には麗太君と、ママに買い物に連れて行ってもらおう。
 きっと、これから毎日がもっと楽しくなる。
 麗太君の悲しい気持ちを消せる様に、私が頑張らないと。
 床に膝を付いて大泣きする彼の前に、目高を合わせてしゃがみ、頭を撫でてやった。
 少しだけ長めに伸ばされた彼の髪は、程良くサラサラで、私から見ても羨ましい位に柔らかかった。
 なんだか、麗太君って女の子みたいだ。
 見ていて、私が逆に守ってあげたくなる。
「今は泣いて良いんだよ。私は、笑ったりしないから」
 どうしてだろう。
麗太君を見ていると、妙に親近感が湧く。
 その原因を考える程に、なぜか胸が苦しくなった。

   =^_^=

 麗太君が私の家に預けられて、三日が経った。
 今日は、麗太君が私の家で迎える初めての日曜日という訳だ。
 私の日曜日の朝は、いつも早い。
八時半より少しだけ前に起きて、テレビの前にスタンバイしなくてはならないのだ。
 何度寝も出来る日曜日の朝から、なぜ、そんな事をしなくてはならないのかというと、八時半からプリキュアを見る為だ。
 ママからは「もう、小学五年生なんだから。そんなの、小学校低学年が見る番組よ」と、以前はよく茶化されたものだが、最近ではそれもなくなった。
 きっと、何を言っても無駄だと気付いたのだろう。
 懸命な判断だ。
 私にとって、週に一度の楽しみにしている番組へ掛ける情熱は、他人からとやかく言われて揺らぐものではないのだから。
パジャマのまま部屋を出て、階段を駆け下りてリビングへ行くと、テレビ前のソファーには先客がいた。
麗太君だ。
私と同じで、まだパジャマを着ている。
「おはよう」と挨拶をし、麗太君の隣に座った。
 麗太君は私に、軽くお辞儀をする。
 やはり喋れない事ほど不便な事はない。
 挨拶をされても、それを単純に返す事すら出来ないなんて。
 しかし、いつも麗太君は笑い掛けてくれた。
 
そういえば、私より早く起きて、麗太君は何を見ているのだろう。
テレビに視線を向ける。
どうやら、プリキュアの前の時間に放送中の特撮番組の様だ。
この番組、なんとなく知っている。
 たしか……クラスの男子達が、よくポーズを決めて『俺、参上!』等と言っていた事があった。
 おそらく、それだろう。
 麗太君も、やっぱりこういうのが好きなんだ。
「やっぱり、男の子なんだなぁ……」
 テレビの画面を見ながら呟いた時だ。
「優子だって、プリキュアとか見てるじゃないの」
 私と麗太君が座るソファーの後ろには、いつの間にかママが立っていた。
「ちょっと、いつからいたの?」
「少し前よ。来てみたらリビングのドアが開いてて、覗いてみたら……」
 少しの間を置いて、ママは「キャー!」とわざとらしく黄色い声で叫んだ。
「二人でソファーに座って、テレビ観てるんだもの。なんか、ママが入り込む隙がないっていうかぁ」
「違うよ! そんなんじゃなくて……」
 麗太君は、メモ用紙とシャーペンを片手に慌てている。
「まあ、二人とも仲が良いって事よね。そうでしょ?」
 私達二人の頭を、ママはグシャグシャと撫でた。
「うん……まあ」
 麗太君も、私に合わせて頷いた。

「そういえば、これって新しい仮面ライダーでしょ?」
 テレビに目を向けたママが、麗太君に訊いた。
 仮面ライダーという特撮ヒーローの話題を振られた事が嬉しかったのか、麗太君は嬉しそうに頷く。
「え? 仮面ライダーって、昭和のヒーローなんじゃないの?」
「そんな事ないわよ。平成になっても続いてるのよ。こう見えてもママは、昭和の仮面ライダーと平成の仮面ライダーを網羅してるの!」
 胸を張って自慢げに語るママに、麗太君は輝かしい眼差しを向け、何かの書かれたメモ用紙を見せる。
『クウガ、アギト、龍騎、555、ブレイド、響鬼、カブト、電王』
 メモ用紙に書かれた意味不明な単語を見て、私は目を丸くする。
「これ何?」
「ああ、平成の仮面ライダーの名前ね!」
 ママは彼の手を握り、一気に体を抱き上げた。
「気が合って嬉しいわ! 私はね、平成の中だとカブトが一番好きなの! 主人公役の水嶋ヒロ君。格好良かったわぁ!」
 仮面ライダーカブトこと水嶋ヒロを、麗太君に熱く語るママが……二人がどこか遠く見えた。
 ただ、話に付いていけないだけ、という事もあるけれど。
 そういえば、私が幼稚園の頃の事だ。
私に見せる為にと言って、ママが仮面ライダーのDVDをレンタルして来た事があったっけ。
 それで、仮面ライダーが気に入らなくて、なんだか凄く感じの悪い事を言った様な気がする。
 いったい、何を言ったんだろう……。
 記憶が曖昧過ぎて、思い出す事が出来なかった。

  =^_^=

 一週間後、麗太君のママの葬儀が行われた。
 私を含め、皆が黒くて堅苦しい服装をしている。
 黒という色が、余計に気分を沈める。
 葬儀場には、麗太君のママの親類や友人、もちろんママや私も参列した。
作品名:LITTLE 第一部 作家名:世捨て作家