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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第四部

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「あのさぁ……どうして俺に挨拶するんだ?」
「え? あの……えっと……」
「他にいるだろ、挨拶する奴。あの辺に」
 俺は前の方の席で固まって話している、数人の女子グループを指差した。
「あの辺の奴と絡んでこいよ」
「む、無理! 絶対……無理だから!」
 大きく首を横に振る。
「なんで?」
「だって……何を話せばいいか……分からないし……」
「そんなの世間話で良いんだよ」
「で、でも……」
本当に、鈍臭くて面倒な奴だな。
「お前は、只でさえ転校初日に転んでるんだ。こうなったら、自分から話しかけるしかないぞ?」
「……頑張ってみる」
「頑張ってみるんじゃなくて、頑張るんだよ」
 不安げな表情を浮かべながらも、宮久保は頷いた。

 授業や間の休み時間を経ても、宮久保は俺以外の誰かに話し掛ける事は出来なかった。
 そして、とうとう一日の半分を過ぎた時間、昼休みになった。
「結局、ダメかぁ……」
「ごめん……」
 彼女は、俺に対して申し訳なさそうに俯く。
「謝ってもしょうがないだろ……」
 昼休みという事もあって、教室内はかなりざわついている。
 話し掛けるとしたら、時間が長く教室のざわめきに溶け込めそうな、この時間が最適だ。
 おまけに俺を除く大抵の男子は、外でサッカーやキャッチボールをして遊んでいる。
 クラスメイトの人数が少なければ、宮久保の負担も減るだろう。
 それでも彼女は、集団を作って笑い合っている、女子グループの一団を眺めているだけだった。
 どうしたものか……。
 俺が仲介に入っても良いのだが、それではどこか後味が悪い。
 こうなれば強引だが、あの策を使うしかない。
「よし!」
 俺は掛け声を上げて立ち上がった。
「な、何?」
「俺は外の皆とサッカーをしてくる!」
「え?」
「だから、お前の相手をしてる暇はない。とりあえず、あの辺の女子に話し掛けてみろ。 もしダメだったら俺は、暫くお前と距離を置く事にする。男子の中の付き合いもあるしな。 じゃあな!」
 それだけ言って、俺は教室を飛び出し校庭へ向かった。

 我乍ら酷い事を言った気がする。
 しかし、こうでもしないと彼女はクラスに溶け込めない。
 この方法が最も最適なのだ。

 校舎に昼休み終了のチャイムが鳴ると、俺は教室へ戻った。
 今、俺の隣の席に宮久保は座っていない。
 辺りを見回してみると、彼女は数人の女子と笑いながら楽しそうに会話をしている。
 あの女子グループは、クラスではあまり目立つような奴はいなかった様に思える。
 それほど性格の悪い奴はいないから、宮久保なら大丈夫だろう。
彼女が、あんな風に友人に囲まれ笑っていられる事に、なぜか自分自身が安心してしまった。
「よかった……」
「ああ、本当によかった」
 俺の隣で、蓮が宮久保を見て笑う。
「お前は何もしてないだろ」
「何もしてなかった訳じゃねぇよ。少しだけ、お前等のやりとりを見てたんだよ。なんとなく分かったよ。お前が誰かに惚れるなんて、ありえないからな。あいつの手助けをしてただけだったんだな」
「俺は手助けなんてしていない。全部、宮久保が自分でやった事だ」
 そう、勇気を出してクラスメイトと接したのは彼女だ。
 宮久保が転校して来てからの二日間、彼女は俺に頼りっきりだった。
 しかし、宮久保は他に頼る相手を見つける事が出来た。
 きっと、もう俺を頼る事もない。
 そんな予感がしていた。


 俺の予感は的中し、それから数日間、宮久保とは隣の席でありながらも、一言も言葉を交わさなくなった。
 もう、彼女の面倒を俺が見る必要はない。
 そう思ったから。
 授業が終わると、宮久保は友人の所へ行ってしまう。
 そんな宮久保を見ていると、なぜか寂しくなった。

 宮久保と一切話す事なく、一学期の最終日がやって来た。
 帰りのホームルームで担任から通知表を渡され、クラス全体が賑わう。
「明日から夏休みだ!」
「明日から何しようかなぁ」
 そんな声が教室の中で飛び交う中、俺は席に座り、野球部の夏休みの練習予定表に目を通していた。
「休み少ないなぁ……。まぁ、今日は練習なしで帰れるわけだし、我慢しておこう」
 そんな事をぐちぐちと言っている間に、一学期は終了した。
 俺は荷物をまとめ席を立った。
「蓮、帰るぞ」
 どういうわけか、蓮は教科書と筆記用具を持っている。
「何で、そんなの持ってるんだ?」
「補習があるんだよ。悪いけど、今日は一人で帰ってくんねぇか?」
 彼はスポーツ等の体を動かす事には長けているが、どうも頭を使う事に関しては疎い。
「分かったよ。今日は部活がないから良いけど、活動日に居残りになる事だけは、やめてくれよ」
「ああ、マジで気を付けるよ」

一学期の間に溜めこんだ、教科書や部活の用品を自転車の荷台に積み、自転車を出した時だ。
 すぐ向かいの駐輪場に、宮久保がいる事に気付いた。
 そういえば、彼女も自転車登校だったのだ。
 声を掛けておくべきだろうか。
 しかし、宮久保が女子グループの友人と打ち解けてから、全く会話をしていない訳だし、今日になって突然話し掛けるのも不自然かもしれない。
 そんな試行錯誤をしているうちに、俺は衝動に任せ自転車を元の位置に停め、宮久保の元へ歩きだしていた。
 彼女がこちらに気付く。
 やばい、どんな事を話すか何も考えていなかった。
 しかし、もう後戻りは出来ない。
 何か話さないと……。
「なあ、宮久保」
「大丈夫だから!」
 宮久保は俺の言葉を遮って、そう叫んだ。
「え……何が?」
 訳も分からず問う俺に、宮久保も問い返す。
「え? あの……これの事じゃないの?」
 宮久保は自転車の前輪を指差した。
「自転車の……タイヤ?」
 自転車の側に屈んでタイヤを触ってみる。
 触った時の抵抗が全くない。
 これは明らかにパンクだ。
「パンクしてるよ……」
「本当に、大丈夫だから」
 俺はようやく理解した。
 宮久保は自転車がパンクしていた事に関して、俺に世話を焼かせたくなかったのだろう。
「家は、ここから何分?」
 俺の言葉に彼女は焦り出す。
「本当に大丈夫だから……」
 このままじゃ、「大丈夫だから」の一点張りだ。
 仕方がない。
 屈んだまま周りを見渡した。
 どうやら、こんな然う斯うをしているうちに、かなり駐輪場から人が減った様だ。
「なあ、宮久保」
再び彼女の名前を呼んでみた。
「……何?」
「家は、ここからどれくらい?」
「だから……大丈夫だって……」
 俺は屈んだまま、強がる彼女のスカートの裾を握った。
 数秒もしないうちに、宮久保は一気に赤面する。
「か、烏丸君……これは……何?」
「家、ここから何分?」
 俺の問いに、彼女は小さく呟いた。
「……歩いて……四十分くらい……」

 二人分の荷物を前籠へ、収まり切らなかった荷物を背中に背負い、宮久保を荷台に乗せて学校を出た。
 あの後、親を呼ぶ事を提案したのだが、彼女の親は夜遅くまで仕事をしていて、こんな事をしている余裕がないのだそうだ。
 中学校の周辺には、広い田園が広がっていて、そこを抜けるとようやく商店街へ出る。
作品名:HOPE 第四部 作家名:世捨て作家