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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第四部

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 何か泣かせる様な事をしただろうか。
 そんな覚えはない。
「ちょっ……どうした? 大丈夫か?」
「……ごめんなさい」
 震えるか細い声で彼女は、そう連呼し続けた。

 保健室にあったティッシュで涙を拭かせ、宮久保を落ち着かせた。
「何か……嫌な事でもあったのか? 悩みがあるんなら、言ってみろよ」
「でも……」
 本当に鈍臭い奴だ。
 しかし、ここで怒鳴ったりしたら、もう顔も遭わせられそうにない。
 俺は不器用にも笑って見せた。
「話して、楽になる事もあるんだからさ」
「これから、この学校にいられる自信がなくて……」
「どうして?」
「転校初日なのに、授業中に倒れて皆に迷惑掛けたし……」
 ああ、確かに迷惑だった。
「でも……まあ、運んだのは俺だし……皆には、迷惑は掛かってないと思うぞ」
「そうなのかな……」
「そうだって」
「でも……」
 まだ何かあるのか。
「クラスの人達とも、あんまり話せなかった」
 たしかに、皆が宮久保に詰め寄っていた時、彼女は話し出す切っ掛けを見つけられずにいた。
「それは、お前次第なんじゃないか? 現に、俺と喋ってるだろ」
「そういえば……」
「まずは気軽に話せる友達を作れ。話はそれからだ」
 宮久保にそれだけ言い残して、俺は保健室を後にした。


 七月という事もあり、放課後になっても暑い日射しが弱まる事はなかった。
 きっと、これからもっと暑くなるのだろう。
 窓から差し込む日射しは、宮久保の机を容赦なく照らしている。
 結局、宮久保は最後の授業の時間になっても、戻って来る事はなかった。
 彼女の鞄がロッカーに入っているのを見るに、まだ帰ってはいないのだろう。
「綾人、そろそろ部室に行こうぜ」
 部活へ行く用意を終えたのか、蓮が俺を呼ぶ。
 時計を見ると、部活開始の時間が迫っていた。
 俺は荷物をまとめ、蓮と教室を後にした。


 野球部の練習は、まず部室に集まり、全員で挨拶をしてから始まる。
 その後に、一年生はランニング。
 二、三年生はキャッチボールをする事になっている。
 俺はいつも通り蓮とペアを組み、キャッチボールを始めた。
 俺と蓮は、野球部の次期一軍バッテリーだ。
 だから、このペアは自動的に決まる様な物だ。
「宮久保と何かあったんだろ?」
 そんな事を言いながら、蓮は俺にボールを投げる。
「まったく、しつこいぞ! 何もないって!」
 ボールと返答を同時に返す。
「だってさぁ、お前が宮久保に給食を持って行って、給食の時間が終わる頃に戻って来るなんて、明らかに何かあるだろ?」
 たしかに、何かがない事もない。
 宮久保に給食を届けた後、教室へ戻った頃には既に給食の時間は終わっていた。
 その為、俺は給食を食べる事が出来ず、空腹の状態で午後を過ごしている訳だ。
「さっさと吐け! この野郎!」
 蓮の投球が段々と荒くなって行く。
「分かったよ! 言えば良いんだろ! 言えば!」

 俺は昼の出来事の全てを蓮に打ち明けた。
「へぇ、じゃあお前が、宮久保が皆と馴染める様に、協力してやれば良いんじゃねえの?」
「総体前に、そんな事に気を使ってられるか! 全部、宮久保次第だよ」
 蓮は口元を綻ばせる。
「相変わらず厳しいねぇ。まあ、お前らしいけどな」
「キャッチボール終わり! 集合だ!」
 数本のバットを用意して、監督は皆を集めた。
「二年はバッティング練。三年は守備に着け!」
 皆が一斉に「はい!」と返事をする。
「まずは二年の烏丸!」
 俺はバットを持ち、ホームベースに立った。
 ボールを投球するのは、現投手である鈴木先輩だ。
「すげーよ。現投手と次期投手の勝負だぜ」
「これ、烏丸が鈴木先輩のボール打っちゃったら拙いんじゃないの?」
 周りから、そんな小声が聞こえた。
 現投手?
 次期投手?
 そんな事は関係ない。
 相手が誰であろうと、可能な限りベストを尽くすだけだ。
「お願いします!」
 俺の挨拶と共に、鈴木先輩はボールを投球する。
 やはり速い。
 しかし打てる!
 そう確信してバットを振った。
 鋭い音が鳴り響くと共に、ボールは高く飛び上がり外野へ落ちる。
 皆が唖然とする中、ボールを投球した鈴木先輩だけは、どこか嬉しそうに俺を見ていた。


 陽が落ちた頃、俺はようやく帰宅した。
 家の隅に帰宅用の自転車を止め、ポストを確認する。
 中には手紙が数枚。
 大抵は、プロ野球選手である親父や、女優であるおふくろ宛だ。
 しかし、そんな手紙の中に一枚だけ俺に宛てられた物がある。
 差出人は烏丸雫。
 現在は別居中である、俺より一つ年下の実の妹だ。

 汗だくのユニフォームを脱いでシャワーを浴び、ジャージに着替えた。
 自室でサッパリとした体を冷房に晒し、俺に宛てられた手紙の封を開く。
 中には用紙が一枚。

 七月十三日 晴天
お元気ですか?
こちらは相変わらず暑いです。
部屋の窓からの日射しは、容赦なく室内を照らします。
お兄ちゃんの教室も、そんな感じなのかな。
くれぐれも体に気を付けて、野球も良いけど無理はしないで下さいね。
倒れてしまったら、野球どころではありませんから。
私がお兄ちゃんに宛てられるのは、これくらいです。
お兄ちゃんからの手紙、心待ちにしています。

 体に気を付けなくてはならないのは雫の方だ。
 でも、俺の心配までしてくれるなんて、雫は優しいな。
 それが彼女の良い所だ。

 広いリビングには誰もいない。
 ただ、テーブルの上に大量のインスタントラーメンが置かれているだけ。
 いつもと同じ事だ。
 部屋の静けさに耐え切れず、テレビを点けた。
 そこには、よく見知った顔の女優が映画出演に関しての、インタビューを受けている。
『さて、今冬の上映を予定している映画に出演される烏丸佳代子さん、息子さんと娘さんがいるんですよね?』
『はい。撮影や舞台挨拶で会えない事は多いと思いますが、出来るだけ子供達と一緒にいられる時間を作りたいと思っています』
『やはり、お母さんですねぇ。お料理とかも、なさるんでしょ?』
 質問された烏丸佳代子は笑顔で答える。
『ええ、勿論! たまに会える日には、私が料理を作ってあげているんです。とても喜んで食べてくれるんですよ』
液晶に映し出されている女の顔に、俺は未開封のインスタントラーメンを投げつけた。
「お前の料理なんて、もう十年以上は食ってねえよ……」

   ♪

 俺が小学五年に進学して間もない日の事。
 大きな転機が訪れた。
 妹である雫の病が発覚したのだ。
 
 
彼女の様態を医師から聞いたのか、父は青ざめた顔で俺に告げた。
「十八歳まで生きるには、難しいそうだ」
「そんな……」
 今まで、雫とは些細な事で喧嘩になっていた。
 だから、いなくなれば良い。
 雫を見る度に、そんな事を思っていた。
 しかし目の前の現実は、俺の冗談半分の願望を叶えてしまっていたのだ。
 全ては自分のせい。
 俺が彼女の体を壊してしまったのだ。
 罪悪感で胸が痛み、やがて堪え様のない涙が溢れて来た。
「俺……いつも雫と、喧嘩ばっかりしてたから……雫の事、いなくなれば良いって……思ってて……」
作品名:HOPE 第四部 作家名:世捨て作家