小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

HOPE 第三部

INDEX|7ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「でも、明日からリハビリが始まるんです。リハビリが終わったら彼女の所へ行って、しっかり話をします。それで、何かが解決するか分からないけど……」
「そんな事はない。きっと、その子は分かってくれるさ」
 青年は僕に笑い掛ける。
 どこか不器用な笑顔だったけれど、とても気分が晴れた気がした。
 青年は病室の壁に掛けられた時計を見上げる。
「もう時間だ。そろそろ行くよ」
「あの!」
 部屋から出ようとする彼を、僕は引き止めた。
「何だ?」
「あの……あなたは、まだ野球を続けているんですか?」
 背を向けていた彼は、ゆっくりと僕の方へ振り返る。
「キャッチボール程度ならな」
 それだけ言うと、彼は病室を去って行った。


 リハビリは昼過ぎから始まった。
 肩を曲げたり腕を回したりする様なストレッチが、主な内容だ。
 聞こえは単純で簡単そうだが、実態はとても辛い。
 普段は自由に動いていた肩を動かす度に、激痛が走るのだ。
 それでも、リハビリを止めてはいけない。
 リハビリを終えて一日でも早く、僕は真由に会いに行くと決めたのだから。


 三学期、気付けばそんな時期になっていた。
 医者からは、もう学校に行っても問題はないと言われている。
 だから今日、僕は学校へ行く事にした。

 昼過ぎという事もあって、生徒は全員が授業を受けている。
 その為、校門や昇降口には誰もいない。
 約一カ月半しか、ここを訪れていなかったというのに、校門、昇降口、廊下、それら全てがとても懐かしく感じられる。
 とりあえず職員室へ行き、担任と話をした。
「肩の調子はどうだ?」
「ええ、かなり回復しましたよ」
「そうか。今は五限目の授業だけど参加していくか?」
「いえ、いいです。今日は、荷物の整理と……人に会いに来ただけですから」
 担任は「そうか」とだけ言い、それ以上の詮索をする事はなかった。

 幸い、音楽室は解放されており、授業として使っているクラスはいないようだ。
 隅に寄せられた机の上には、僕のヴァイオリンとホープの楽譜が置いてある。
 あの日、ホープを弾いていたヴァイオリン。
 ケースを開けて手に取ってみると、なんだかズッシリとしていて重い。
「こんな肩じゃ、まだこれは弾けないな」
 ゆっくりとケースの蓋を閉めた。
 壁に掛けられている時計を見ると、時間は五限の終了間近だった。
 真由に会うなら、授業間の休み時間である今か。
 いや、あと一限待てば放課後だ。
 真由に会うのは、それからで良い。

 誰も来ない事を察するに、どのクラスもこの時間は音楽室を使う事はないようだ。
 あの日の夕暮れ時、平野さんとホープを弾いていた、あの時間を思い出す。
 結局、ホープという楽譜が誰の手を渡り、どうしてここに置かれていたのか、分からず終いになってしまった。
「本当に……不思議な曲だったな……」

 強い西日が窓から差し込む。
 ボーっとしている間に、放課後になってしまっていたようだ。
 チャイムに気付かないなんて、どうかしてるな。
「想太」
 ドアの方から声がした。
 長い間、聞く事のなかった声。
「真由……。どうして、ここに?」
「こっちの台詞だよ。肩は大丈夫なの?」
 彼女に対して、あんな冷たい態度を取ってしまったというのに。
真由は本当に僕の事を心配してくれている。
 それは表情をみただけで分かった。
「もう大丈夫だ。それより、今日は話があって来たんだ」

 真由は僕のヴァイオリンを見つめていた。
「ねえ、これ……触って良い?」
「うん」
 ケースを開けて、真由はヴァイオリンを手に取る。
「私は……ヴァイオリンを弾く事なんて出来ないけど、吹奏楽部で頑張ってる。それと同じ様に、想太もヴァイオリンを頑張ってたんだよね……」
「でも、何も成果はなかった。それに、皆に迷惑を掛けた。皆、怒ってるよな。真由……お前もそうだろ?」
「私は……凄いと思ってた」
「?」
「並じゃ出来ないよ。コンクール前に自分の居場所を飛び出して、一人でヴァイオリンを弾くなんて……」
 真由は僕を真っ直ぐに見据える。
 その瞳には、僕と病室で話していた時の様な弱々しい雰囲気はなかった。
「想太がしたい事をすれば良いんだよ。私は、何も言わないから」
 彼女の声はとても優しくて、聞いていて泣きそうになってしまった。
「僕は……戻りたい。真由や皆の所へ……。でも、皆は……こんな僕を受け入れてくれるか……」
 泣き出しそうな僕に、彼女は笑い掛ける。
「大丈夫だよ。想太は、皆とは違う形で頑張っていたんだから」
「真由……。今度はクラリネットを諦めないで続けてみるよ」
 彼女から目を反らし、付け加えた。
「あと……ヴァイオリンも」
 真由は嬉しそうに笑い、僕の手を取る。
「行こうよ! 吹奏楽部!」
「ああ!」
 果たして、皆が僕を受け入れてくれるのかは分からない。
 それでも、真由がいれば吹奏楽を諦めずに続けていける。
 そう思えた。

        ♪
 
 やっと、平野さんに会う決心が着いた。
 それなのに、病院に平野さんの姿はなかった。
 看護師の話では、とっくに退院していて、今は家にいるそうだ。
 その事を聞いて、とても安心した。
 しかし、退院したというのに、どうして彼女は学校に来ないのだろう。
 ただ、僕が彼女を見掛けなかっただけなのか。
 それとも……。
 妙な胸騒ぎがしていた。

 三月も終わりだというのに、病院からの帰り道はとても寒かった。
 結局、平野さんには会う事が出来なかった。
 もしかしたら、これからも会う事は出来なのかも。
 そんな下向きな考えしか出来ないでいた。
 その時だ。
 どこからか、聴き覚えのある音色が聞こえて来る。
 夕日が空を真赤に染めた、夕暮れ時の音楽室。
 そこで彼女が奏でいたピアノの音。
 聴こえて来る曲名は、すぐに分かった。
 いや、分からない筈がない。
 これはホープだ。
 いったい誰が?
 考えるまでもない。
 これを弾いているのは平野さんだ。
 彼女以外にありえない。

 ひたすら音を辿って着いた場所は、郊外に位置する一軒家だった。
 小さな門の脇には、ピアノ教室と書かれた看板が立て掛けられている。
 もしかしたら、平野さんはここに通っているのかもしれない。
 ほんの少しの期待を抱き、インターホンを押した。
 すると、ホープの音色は突然止まった。
『はい』
 スピーカーから老婆の声が聞こえて来る。
「あの……、えっと……。そちらに、平野さんという方は……」
 彼女に会う事だけを考えていた為、上手く応答する事が出来なかった。
『もしかして、沙耶子さんの御友人の方ですか?』
「まあ、そうですけど……」
『では、どうぞ。ここはピアノ教室なので、勝手に上がって来て構いませんよ』
 老婆に言われた通り、僕は門を開けて家に上がった。
 玄関や廊下には、アジアの国で手に入りそうな、珍妙な仮面や楽器が壁に据え付けられている。
「こちらですよ!」
 奥の部屋から老婆の声が聞こえた。
 真っ直ぐに廊下を進み、奥の部屋へ入ると、割と広い部屋に出た。
 部屋の中央には、グランドピアノが一つ置いてある。
 その隣に老婆が一人。
作品名:HOPE 第三部 作家名:世捨て作家