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世捨て作家
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HOPE 第三部

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Episode7 宮村想太


 目覚めると、病室の真っ白な天井が見えた。
 朝の眩しい光が僕を照らす。
 こんな朝を、どれだけ繰り返したのだろうか。
 看護師の話では、明日から右肩のリハビリが始まるらしい。
 周りの人の口振りからすると、あの日の夜から一週間も経っていない様だ。
 あの日の夜、僕と平野さんが襲われた日の翌日、彼女の兄、平野隼人と名乗る青年が僕を訪ねて来た。
 彼は言ってくれた。
『ありがとう。沙耶子を守ってくれて』
 嬉しくなんてかった。
 逆に自分が情けなかった。
 僕は平野さんを守る事なんて、出来やしなかったのだから。
 あの夜以来、平野さんには会っていない。
 気が狂ってしまっていて、面会が出来ないと聞いている。


 看護師が持って来た昼食を済ませた昼過ぎ、吹奏楽部の友人、岸堵真由が見舞いに来た。
 彼女は重い足取りで、ベットの横の椅子に腰掛ける。
「想太……腕の調子は……」
 僕は真由から目を反らし、無感情に返答する。
「順調さ。明日にはリハビリも始まるし」
「そうなんだ」
 彼女の表情は安堵に満ちていた。
 その表情が、どうしてか憎たらしい。
「どうして、そんなに安心しているんだ?」
「……当たり前の事だよ。私は……想太が無事で本当に良かったと思ってるから」
「……嘘だね」
 僕の一言で、病室にポツリと沈黙が落ちた。
 真由はスカートの裾を強く握る。
「どうして、そんな事を言うの?」
「本当は、分かっているんだ。君は、僕にクラリネットをやらせたがっている。今の僕は、こんな状態だ。看護師の話によると、平野さんも気が狂ってしまっているそうだ。なら、君はこの機を逃す事はないんじゃないのかな?」
「何を言っているの……?」
 彼女の声が、段々と震えていくのが分かった。
 それでも、僕は言葉を続けた。
「つまり君は僕に、こう言いに来たんだ。『もう、放課後にヴァイオリンを弾く意味なんてない。吹奏楽部へ戻ろう』って」
 彼女の声が震えていく。
「どうして……どうして、そんな事を言うの!?」
「真由が言いたかった事を、代わりに言っただけさ」
「想太なんて……もう、知らない!」
 泣きそうな声で叫んだかと思うと、真由は病室から飛び出して行ってしまった。
 あれだけ言ったんだ。
 彼女がここに来る事は、暫くないだろう。
 一息吐き、窓の外を見る。
流れて行く雲。
 いつも通りの街。
 真由が来た事以外は、いつもと変わらない。
 する事もなく、ただベットの上にいるだけ。
 なんだか、気が狂ってしまいそうだ。
 そんな矢先、一人の青年が病室を訪ねて来た。
 平野さんのお兄さんと同じ位の年齢や容姿だが、どこか大人びていて身長も高い。
「君が宮村想太……君だね?」
「はい。あの……あなたは?」
 青年は少しだけ考える様な素振りを見せる。
「俺は烏丸綾人。沙耶子の事を知っているだろ。あいつとは……まあ、友達みたいな者だ。本当なら、もっと早くここに来るべきだったんだが……」
「僕に何か?」
「……平野隼人って、知っているだろ?」
「はい」
 彼の声が低くなり、少しだけ顔色が悪くなる。
「あいつが死んだよ」
「え!?」
 数日前、僕の病室を訪ねて来た青年、あの平野さんのお兄さんが死んだ?
 突然の知らせに驚きを隠せなかった。
「どうして!?」
「あの日の夜、君達を襲った男。平野は、その男と二人で死んでいた。警察の捜査によると、男を殺したのは平野だそうだ」
 全く分からない。
 僕が眠っている間に、何が起こったというのだろうか。
「どうして、あの人が……」
「テレビや新聞を見ていないのか?」
 ここ数日、僕は新聞やテレビの様なメディアには全く関わっていなかった。
 彼は僕の唖然とした顔を余所に、話を続ける。
「君達を襲った男。あいつは、沙耶子をストーカーしていた危険人物だった。だから、平野は一人で手を討ったんだろ」
あの日の夜、側にいながら彼女を守る事の出来なかった自分。
そんな自分が、どうしようもなく情けなく思えた。
 もしあの時、僕が何かしらの手段を取っていれば、今の様な結果は免れる事が出来た筈だ。
 後悔が押し寄せて来る。
 目蓋が段々熱くなり、堪える事の出来ない涙が溢れ出て来た。
 僕は左手で、涙の溢れる目蓋を覆い隠す。
「全部……僕が悪いんです。僕が無力だったから、平野さんのお兄さんは……」
「そんな事はない。隼人は死ぬ事を覚悟していたんじゃないか? だから、一人で行った」
 彼は考えていたのだろうか。
 友人や親、残された人達の事を。
「そんなの、只の自己犠牲です」
「?」
「残された人達は、どうなるんですか? これから、ずっと死んだ人の事を考えて生きて行くんですよ。友人や家族、あなたも」
「確かに、そうだな。君の御両親は?」
 ここ数日、僕の両親が見舞いに来る事はなかった。
 仕方のない事だと思っている。
 去年から、二人は海外で音楽活動を行っていて、殆ど日本にいる事はない。
 父は僕にクラリネットを託して、吹奏楽を続ける事を望んでいた。
 それなのに、僕は夢を見続けて……ヴァイオリンを続けていた。
 あの日の出来事は、ヴァイオリンを続けて来た自分への罰だったのかもしれない。
 馬鹿みたいだ。
 僕が続けて来たヴァイオリンの練習なんて、只の子供の反抗みたいな物なのに。
「……」
「俺の両親の話をしよう」
 気のせいだろうか。
 彼の声が少しだけ、優しくなった様な気がした。
「俺の親父は、プロの野球選手なんだ。おふくろは有名女優。二人とも、忙しくて俺の面倒なんて全く見る事が出来なかった。それが嫌でな。小学生の頃、野球を始めたんだ。親父に見ていて欲しくてな」
 彼は僕とは逆だ。
 父親に期待されたくて、彼は野球を始めた。
 僕はというと、親に流されるようにして吹奏楽を始めた。
 しかし、楽しいと思える事はあったのだ。
 それは仲間という存在が、あってこその事だった。
「野球を始めて、仲間も出来た。親友と呼べる奴が一人いたんだ。そいつとは、同じ高校へ進学して、同じ野球部で野球をした」
「僕にも、そんな人はいました。でも、彼女は僕の事を何一つ分かっていなかった。僕の事を理解もせず、ただ自分の考えを押し通そうとしていた」
 僕は何を言っているんだ。
 彼に真由の話なんかをしても、どうにかなる筈がないのに。
「その子は、君を思ってはいるけれど、空回りしているんじゃないのか?」
「どういう意味ですか?」
「つまり、お互いにしっかりと話し合わなければ、お互いを理解し合う事はないって事だ」
「……」
 考えてみると、意見を押し通そうとしていたのは、僕なのかもしれない。
 真由に対して嫌味な態度を取り続け、彼女を追い返してしまった。
「もしかしたら、彼女を理解していなかったのは、僕なのかもしれない」
「それなら、君は彼女に再び会って、話をするべきなんじゃないのか?」
 彼の言う通りだ。
 彼女に会って、しっかりと話をして……。
 何を話せばいいんだ?
 これからの事……僕のヴァイオリン?
 吹奏楽の事?
 悩んでいても仕方がない。
「彼女は、たぶん会いに来ません」
「?」
作品名:HOPE 第三部 作家名:世捨て作家