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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第三部

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「ちょっと用があるんですけど、一緒に来てくれませんか?」

 私が由佳先輩を連れて来たのは、体育館の倉庫だ。
 この時間、ここには誰もいない。
 つまり、それは何も遠慮する事がないという事だ。
 今の私は、由佳先輩に何をしでかすか分からないから。
「用って何?」
 由佳先輩は、私に対して気取る様な笑みを向ける。
「私は……あの日だけでしたけど……由佳先輩を本気で信頼していました。でも、それも昨日で終わりました」
「そんなつまんない話をするのに、私を呼んだの?」
「いいえ。ただ、収まりが付かないんです。とりあえず、由佳先輩を殴りでもしないと……気が済まない」
 私の言葉に、彼女は嘲笑する。
「へぇ、やってみなよ。ユニフォームを裂いて悪者になった上に、私を殴ったりしたら、天道は本当に終わるよ。ああ、そうか。もう天道に居場所なんかないか」
「黙れ!」
 そう叫び、彼女の頬を強く叩く。
 由佳先輩は唖然とした表情を浮かべる。
 そして、その表情はやがて怒りの籠った表情へと変わった。
「天道……テメエ! 先輩にそんな事して良いと思ってんのかよ!?」
 私は構わず彼女の頬を再び叩く。
「死にてえか!? コラッ!」
 由佳先輩は脇に立て掛けられている金属バットを左手に取ったかと思うと、それを思いっ切り私の手前に振り下ろした。
 鋭い金属音が部屋に響く。
「舐めてんじゃねぇぞ! 右は駄目でも左は使えるんだよ」
 彼女のバットを振り回す手は止まらない。
 やがて、私は奥に追い詰められ、右肩を思いっ切り強打された。
 あまりの激痛に、その場で蹲る。
 それに続けて、一気に右肩の感覚がなくなった。
「あんたも……私と同じ様にしてやるよ。二度とバスケが出来ない様にね!」
 由佳先輩は金属バットを高く上げる。
「いや、ぶっ殺してやる」
 その沈んだ彼女の声は、根拠はないけれど、本気で言っている様に感じられた。
 このままでは、本当に殺される。
 何かないかと手を這わせていると、バスケの試合に使われるラック式の点数版がすぐ隣にあった。
 金属バットが振り下ろされると同時に、手前に点数版を引っ張る。
 彼女の振り下ろした金属バットは点数版に直撃し、大きな金属音を上げた。
 その瞬間、由佳先輩はバランスを崩し、尻もちを着く。
 左手だけで金属バットを持っていたのだ。
 無理もないだろう。
 私はよろめきながらも、転がっている金属バットを左手で拾い上げ、彼女の前に立った。
「ちょっと……天道。何をする気?」
 私は彼女の言葉に耳も貸さず、金属バットを彼女目掛けて強く振った。

   ♪

 卒業アルバムの女子バスケ部の集合写真に、私の姿はない。
 その理由は多々ある。
 体育倉庫での一件で右肩を壊した為、私はバスケ部からの退部を余儀なくされた。
 更に、それに続けての停学だ。
 学校側が女子バスケ部に探りを入れる内に、真実が徐々に明かされた。
 例えば、私に対する濡れ衣。
 そして琴峰先輩の素行。
 一年の中での虐め。
 それを理由に全校生徒揃っての学年集会が開かれた程だ。
 その後、由佳先輩には会っていない。
 教師から聞いた話によると、私と同様に停学を受けた後、自分から退学したという話だ。
「まったく……私の高校生活はろくな物じゃないな」
 どうしてか、今では笑いながらそんな事を振り返れる。
 それは、高校三年生の二学期、ようやく彼に出会う事が出来たからだと思う。
 いつも悲しそうな表情をしていて、誰かと関わる事を拒み続けて来た少年。
 私の知らない間に、彼も一人ぼっちになっていた。
 あの日、学校で起こった悲劇。
 一人の女子生徒の自殺未遂だ。
 その日を境に、彼は心を閉ざした。
 誰とも関わろうとせず、人を寄せ付けまいと煙草まで吸って。
 そんな彼の心を開きたい。
 そう思い始めていた。

   ♪

「天道さん。ちょっといいかしら?」
 三年生の夏休みが終わって早々、クラス担任の琴峰は、私を準備室へ呼び出した。
 これと言って、呼び出される理由なんてないのだが……。
「あの……私、何かしましたか?」
「いいえ。そう言う事で呼んだんじゃないの」
「じゃあ、何ですか?」
 私の問いに、琴峰の表情に影が差す。
「二年前、一年生の頃の事、覚えてる?」
 二年前……おそらく琴峰先輩に関しての事だろう。
「えぇ。まあ」
「大変だったわね。全校集会まで開かれちゃって」
 この人の口調は、どこか不自然だった。
「あの……どうして今、そんな話をするんですか?」
「あの子のフルネーム、覚えてる?」
「琴峰由佳」
「じゃあ、私の名前は?」
「琴峰……」
 この時、前々から抱いていた疑問が解けた。
 この人が新任して来た一年前、琴峰という名字を聞いて、少しだけ胸が痛んだ経験がある。
「あなたは……」
「そう。私は琴峰綾。由佳は私の妹よ」
 背筋に悪寒が走る。
 おそらく、この人は私を憎んでいる。
 だから私をここへ呼んだ。
 頭の中で勝手にそんな考えが浮かぶ。
 琴峰から一歩引く。
「どうして……私をここに呼んだんですか?」
「あなたを許す為よ」
 彼女の言動に不信感を抱きながら、質問を続ける。
「どういう意味ですか?」
「あなたを許す。そのままの意味じゃない。でも、一つだけやって欲しい事があるの。クラスに一人、平野隼人っていう問題子がいるでしょ?」
 問題子!?
 その言葉に、怒りが募る。
「平野君、授業にも出ないし、遅刻ばっかりするし、本当に困ってるのよ。それに私って新任でしょ? 初クラスでいきなりニートを出す訳にはいかないのよ。私の立場上ね」
 平野は、好きであんな事をしている訳ではない。
 それなのに、この女……。
 直ぐにでも殴ってやりたかった。
 しかし、由佳先輩の話をされた今、そんな事をする勇気が私にはなかった。
「とりあえず、あの問題子をどうにかしてちょうだい。お願い出来るかしら?」
「……はい」


「平野!」
 何度も私はその名を呼び、彼に近付いた。
 最初は私を突き放していたけれど、彼は少しずつ私を受け入れ、笑う様になっていった。
 彼の笑う顔が可愛くて、何度も胸が苦しくなった。
 琴峰の思惑通り……しかし事は全て良い方向へ向かっている。
 本当にこれで良いのか、私にはよく分からなかった。

「平野君、大学入試に向けて猛勉強しているらしいじゃない。まあ、入試に間に合うか知らないけど」
 投げやりな琴峰の口調に、怒りを覚えつつ、私は込み上げる怒りを抑え続けた。
「あいつは、よく頑張っていますよ」
「でしょうね。良かったわ。あなたのおかげでクラスの問題子がいなくなった」
「……そんな、問題児なんて……」
「あら、言い方が悪かったかしら。でも、あなたのおかげよ。もう、あなたが二年前にした事も、あなた自身の事に関しても考え直さないといけないわね」
 由佳先輩……そういえば今はどうしているのだろうか。
「あの……由佳先輩は今、何をしているんですか?」
 あの日、停学処分が終わった後に聞いた話では、自分から退学したと聞いているが。
 その問いに、彼女の目付きが変わる。
作品名:HOPE 第三部 作家名:世捨て作家