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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第三部

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 琴峰先輩は察してくれたのか、私に背中を向ける。
「まあ、そうね。いくら同姓とは言っても、さすがに下着までは着替えにくいよね」
「すいません」
「いやいや、いいって」

 着替えを終えた私を見て、琴峰先輩はからかい気味に微笑む。
「まるで昔の私を見てるみたいだ。胸とか」
「え!?」
 私の視線は、真っ直ぐに彼女の膨らみのある胸部へ行っていた。
「私も……そんな風になれますか?」
「ああ、大丈夫。一年生の頃の私の悩みは、乳が小さい事だったんだから」
「へぇ」
 昔の琴峰先輩。
 この人も、部活内で私の様な境遇にいたのだろうか。
「あの……どうして、聞かないんですか?」
「何を?」
 キョトンとした顔をして、聞き返された。
「だって、あんな濡れた格好で街にいて、部活をサボったなんて……」
「だから?」
「……」
 僅かな沈黙が生まれる。
 黙り込む私に、琴峰先輩は励ます様に言った。
「私は、何も気にしない。でも、何か悩みがあるなら言って欲しいな。私で良ければ、力になるから」
「……」
「ちょっと! どうしたの?」
 先輩は、私の顔を見て驚いている。
「あの……私の顔に何か付いてますか?」
「いや……だって、涙が出てる」
「え?」
 頬を触ると、温かい涙が流れていた。
「あ、えっと……ごめんなさい。なんか……私……」
 慌てて涙を拭う私を、琴峰先輩は優しく抱き締めた。
 彼女の柔らかく温かい胸部が、私の顔面に当たる。
「琴峰先輩……」
「由佳でいいよ」
「由佳先輩……」
「何?」
「聞いてください。私の悩みを……」

 私は由佳先輩に全てを打ち明けた。
 バスケ部での私に対する虐め。
 これから私は、この部活でやっていけるのだろうか。
「じゃあ、私も一緒に部活へ行くよ」
 必死に訴える私に、由佳先輩はそう言ってくれた。

 空はすっかり暗くなっている。
 一人だけの帰り道、どうしてか足取りが軽かった。
 ジャージを着ているからだろうか。
「返すのはいつでも良いよ」
 由佳先輩はそう言っていたけれど、明日には返そう。
 本当に良かった。
 あんな優しい先輩に出会えて。

 
翌日の昼休み、校舎裏へ行ってみた。
 あの少年が気になったからだ。
 クラスの友達から聞いた話によると、少年の名前は平野隼人というらしい。
 物陰から、こっそりと顔を覗かせる。
 木蓮から降り注ぐ木漏れ日の下に、少年と少女がいた。
 二人は仲睦まじく、楽しそうに話している。
 その光景を見て私は思った。
 ああ、きっと彼は信頼できる人を見つけたんだな。
 私と同じ様に。

 部活へ向かう私の気分は、珍しく軽快だった。
 今日は由佳先輩がいるからだ。
 あの人がいれば、きっと大丈夫。
 そんな気がした。
 部室の前で、少しだけ深呼吸をする。
「よし!」
 思い切って、ドアを開けた。
 室内には、既に私以外の一年生や二年生の部員がいる。
 由佳先輩は、まだいないようだ。
「こんにちは」
 とりあえず軽く挨拶をしただけなのだが、全員の不気味な視線が私に集中した。
「ちょっと、天道」
 先輩の一人が私に声を掛けた。
 なぜか、彼女の声は沈んでいる。
「これ」
 私に何かが差し出される。
 それはボロボロになった、数人分のユニフォームだった。
 袖等の至る部分が裂けていて、もう使い物になりそうにない。
「あの……これは?」
「もう全部分かってるんだよ! あんたでしょ!? これやたの!」
「え?」
 そんな事、全く身に覚えがない。
「このユニフォームがあんたのロッカーから出て来たのが、何よりの証拠だよ! それに商人だっている」
「そんな……」
 どうして?
 一体、誰がこんな事をした?
 もしかして、私以外の一年生の仕業だろうか。
 きっとそうだ。
 それしか有り得ない。
「私じゃありません! それは」
「いや、それは天道の仕業だよ」
 私の意見を遮る様に、後ろから声がした。
 振り返ると、そこには由佳先輩がいる。
「由佳先輩! これは、どういう事ですか!?」
「昨日、久しぶりに部活に顔を出そうかと思って、ここに来たんだよ。でも、誰もいなかったからすぐに帰る事にした。私が部室から出た時、天道は私とすれ違っただろ」
 嘘だ。
 そんな筈はない。
 私は昨日、由佳先輩の家にいたのだから。
「嘘です! そんなの!」
 必死に否定する私の意見を、他の一年生が否定する。
「嘘付いてるのは天道なんじゃないの」
「先輩に濡れ衣着せるとかサイテー」
 どうして?
 由佳先輩……どうして……私を裏切ったんですか?

 もう、私を虐めのターゲットとするグループは、一年生だけに留まってはいなかった。
「ほら! 飲めよ!」
 彼女達は、私の顔面を便器の中へと突っ込んだ。
「あっはっはっは! 汚ねぇ!」
 立て続けに、背中に大量の水がホースを通して掛けられる。
 どうして?
 私は何もやていないのに、どうしてこんな事になるんだ?
 便器から顔を引き上げられ、数人が私の頬をビンタする。
「こんな物じゃないんだよ! あんたがした事はね!」
 何も言い出す事が出来なかった。
 と言うよりも気力がなかった。
 どうせ、彼女達は私の意見なんて、もう聞かないのだから。
「先輩、天道の服も裂いちゃいましょうよ!」
「ああ、でも……こいつの制服を裂いた後にチクられても困るしなぁ。おい、天道。脱げよ!」
 そう言うと、私の服を四方八方から掴み、ブラウスのボタンやスカートのチャックを強引に外し始める。
「もう……止めて下さい」
 そんな訴えも、彼女達の笑い声で掻き消された。

 彼女達がいなくなって、私はトイレの床に下着姿で横たわっていた。
 脱がされた制服は、全て便器の水に浸されている。
「本当に惨めで汚ないわね」
 上から由佳先輩の声がした。
「どうして……折角、優しい先輩に出会えたと思ったのに……」
 フンっと、由佳先輩は私を鼻で笑う。
「もう、誰も天道の事なんて信じないよ。この際だから言うけど、ユニフォームを裂いたのは私だよ。普段、あれは試合でしか使わないから、部室に置きっ放しで都合が良かったんだよ。だから、今日の朝早くに部室に忍び込んだの」
「どうして、そんな事を?」
 由佳先輩は制服のボタンを外し、右肩をさらけ出した。
 彼女の右肩には、何重にも包帯が巻かれている。
「あんたが来る前、試合で肩をやっちゃってね。それっきり腕が上がらないんだよ。だから、たまに部活に顔を出してる。サボりなんていうのは嘘。ただ、天道が羨ましかった。まるで、昔の私を見ているみたいで。でも、あんたのバスケも終わりだね」
 今、私の中で一つの感情が生まれた。
 それは、私を妬むが故に貶めた、この女への抑え切れない程の怒りだった。


 翌日の朝、私は由佳先輩を昇降口で待っていた。
 昨日のままでは、収まりが付かなかったのだ。
 当の本人が来た。
澄ました様な顔で、チラッと私を見る。
 そして鼻で笑った。
 彼女の行動が、私の怒りを脹らませる。
 私は彼女の直ぐ前に駆け寄り、行く手を阻んだ。
「おはよう。天道」
 爽やかに挨拶をされた。
 そんな由佳先輩にはお構いなしに、私は彼女に言う。
作品名:HOPE 第三部 作家名:世捨て作家