HOPE 第三部
Episode6 天道美羽
部屋を掃除していると、高校時代の卒業アルバムを見つけた。
と言っても、卒業したのは去年の事なのだけれど。
服や本が散らばった床に座り込む。
「まだ、年も経ってないのに、どうしてだろう……懐かしいな」
ページを開くと、高校一年生の頃の私の姿が写っている。
写真に写る私は、今よりもずっと髪が短くて、まだ幼さが残っていた。
あの日、入学した時の自分を思い出す。
これからの高校生活に、大きな夢を馳せていた私の姿を……。
♪
「凄い! チョー上手いじゃん!」
「さすがスポーツ推薦だな!」
女子バスケ部で、一年生の活動が始まって早一週間。
スポーツ推薦でこの学校に入学した私は、先輩達からの注目の的だった。
コーチから部活終了の合図か掛かる。
常識として二年生と三年生は、一年生に片付けを任せて帰る事になっている。
先輩達は、そそくさと荷物をまとめて帰宅して行く。
それに続いて、コーチも体育館から出て行く。
体育館の中には、私達一年生の女子だけが残った。
「おい、美羽」
一人が私に声を掛ける。
それと同時に、数人が私を中心に円を作った。
皆、それぞれにモップやバスケットボールを持っている。
「何?」
「あのさぁ、なんかだるいからぁ、これやっといてくんないかなぁ」
そう言って、モップを私の足に倒す。
「痛っ」
足の痛みに反応して声を上げると、モップ以外にもバスケットボールやスパイクが私の体に飛んで来た。
体中が痛くて、その場に蹲る。
皆はそれを見て嘲笑し、私を置いて体育館から出て行った。
いつもの事だ。
こんな事……。
私は渋々と、散らばった道具を抱え、ぼそぼそと呟く。
「何がスポーツ推薦だ……。私じゃなくて、他の奴がスポーツ推薦だったら、同じ扱いをするくせに……」
そう、彼女達が私にこんな事をする原因は、ただ一つ。
私がスポーツ推薦で入学した、という事だけだ。
恐らく、先輩達や先生のお気に入りにされている私を、妬んでいるに違いない。
しかし、私は気取る様な事はしていない。
ただ、普通にバスケをしている。
それだけなのに……なんて、理不尽なのだろう。
翌日、一限から授業をサボった。
理由はただ一つ。
ダルいから。
それは、全国の高校生が授業をサボる時に使う理由ナンバーワンに違いない。
そして、この学校でサボれる場所といったら、ここが一番だ。
校舎裏。
木蓮が生い茂っている割には、気持ち悪い虫もいない。
更に上からの木漏れ日が、なんとも綺麗で気持ちが良さそうだ。
ふと、木蓮の下に誰かがいる事に気付いた。
私は反射的に後ろへ下がり、物陰に隠れる。
良かった。
向こうは気付いていない。
木蓮の下にいるのは、一人の少年だった。
私と同じく授業をサボっているのだろう。
ジーっと見ていると、彼が泣いている事に気付いた。
そういえば、クラスの友達から聞いた事があった。
入学して早々、両親を亡くした可哀想な男の子が、校舎の裏で一人で泣いているという噂を……。
「本当だったんだ」
ただの噂だと思っていた。
もしかしたら、彼と哀しみを分かち合う事が出来たら……。
駄目だ。
私なんかじゃ、彼には近付けない。
それに、私に関わった事で、彼にまで何かしらのリスクを背負うのなら、このままで良い。
放課後になると、皆が急いで部活へ行く準備をしている。
勿論、私もそうだ。
女子バスケ部の部室へ行くと、まだ誰もいなかった。
自分専用のロッカーを開けた。
すると突然、幾本の画鋲が私の頭に落下した。
その直後、部室のドアが開き、高笑いが私に浴びせられる。
声の主は、女子バスケ部の私を覗いた一年全員だった。
「マジ! ウけるんだけど!」
一人がそう言い放ち、持っていたバケツの水を浴びせる。
笑いは更に大きくなった。
「うわぁ! 汚ねぇーんだよ!」
「美羽ちゃん、今日は帰った方が良いんじゃないのぉ?」
もう、嫌だ。
私はバッグも持たずに、高笑いを背に受けながら、部室から逃げ出した。
そのまま学校から抜け出した。
濡れたままの制服。
履き替える事すら忘れていた上履き。
こんな姿じゃ、家には帰れない。
ふらふらと歩いて、店が並ぶ大通りに来た。
日も暮れ始めていた為、所々に明かりが点き始める。
何をやってるんだろう……私は……。
学校を抜け出したところで、何かが変わる訳でもないのに。
「ねえ、君」
後ろから、低い男の声がした。
「君、いくら?」
「は?」
振り返ると、男は私の腕を掴み、いやらしい目付きで私を見ていた。
「ちょっ……何なんですか!?」
「良いじゃん。少しくらい」
何を言っているんだ? この男は!?
私は男の腕を振り払い、必死に走った。
見た所、酔っていたらしく、追い掛けて来る事はないだろう。
電柱に手を付いて呼吸を整える。
「ちょっと、君」
また、後ろから声を掛けられた。
「いやっ!」
声の主が誰かも確認せずに、私は思いっ切り腕を振り回した。
瞬時に、軽々しくそれを制止される。
「ああ、いきなりごめんね」
声の主は、私と同じ制服を着た少女だった。
「君、天道美羽さんだよね?」
「は、はい」
私の名前を確認すると、彼女は笑顔を作る。
「私は三年の琴峰由佳。あなたと同じバスケ部員よ」
「え?」
彼女の正体を知って、なぜか安心した。
しかし、どうして彼女は部活をやっている筈のこの時間に、こんな所にいるのだろうか。
それに、琴峰由佳なんて言う名前は、あまり聞かないし、こんな人は見た事もない。
「あの……琴峰先輩は、本当にバスケ部員なんですか?」
「そうよ。どうして?」
「だって、部活中とか……見た事ないし」
「ああ、それは……」
先輩は、私から少しだけ目を反らす。
「……最近、私が部活に出てないからじゃないかなぁ……」
「どうして?」
「なんか、部活に出るのが面倒でさぁ。まあ、正直に言うと……だるい」
私と同じだ。
だるい。
それだけの理由で、物事を済ませている。
「もしかして、君もサボり」
「……はい。そんなところです」
「じゃあさ」
琴峰先輩は私の手を取る。
「二人でどこかに遊びに行こうよ」
「え? どこかって?」
「うーん……とりあえず、その濡れた服をどうにかしないとね。風邪引いちゃうから。私の家にでも来る? すぐ近くだから」
「……はい」
こんな先輩に出会ったのは初めてだ。
なんだか、一緒にいると安心した。
服を貸してくれるという行為に甘えて、彼女の家に上がらせて貰った。
「ここが私の部屋」
部屋に入るなり、琴峰先輩は一枚のタオルを私に掛け、洋服ダンスをあさり始めた。
「うーんと……これなんて、どうかな?」
そう言って、上下ジャージと下着を引っぱり出す。
「悪いね。小さい服なくて」
「いえ、大丈夫です」
ブラウスのボタンを外し、スカートを脱ごうしたが、彼女の視線が真っ直ぐに私を捉えている事に気付いた。
「あの……先輩……」
「ん? どうした?」
「いや……何て言うか……その……」