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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第二部

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 ただ、鍵盤の上に置いてある手が勝手に動くのだ。
 手が感覚を覚えているとでも言うのだろうか、上手く説明出来ないけれど、そんな感じがした。
 演奏が終わると、少年は言った。
「君……本当に……この曲をどこで……」
「この曲は、私と私の叔母さんで作った曲なんです」
「その楽譜がどうしてここに……」
「最近、夢で見るんです。月明かりだけが照らす部屋の中で、私は一人の男の子にピアノを聞いてもらってるんです」
「もしかして、その人が?」
 私はゆっくりと頷く。
「はい、たぶん」
「なら、一緒に探さないか? この曲の手掛かりを」
 彼の表情には、悪ふざけや面白半分な雰囲気はなかった。
 その表情は真剣その物だ。
「はい! えっと……名前……」
「ああ、名乗るのが遅かったね。僕の名前は宮村想太。君は?」
「平野沙耶子っていいます」
 

 その日から、放課後は毎日ここに通った。
 とは言っても、ホープという曲の楽譜を、ここに置いて行った卒業生に関する手掛かりは、何も見つからないが。
 だから私達は、とりあえず二人でホープを演奏した。
 宮村先輩はヴァイオリン。
 私はピアノ。
 兄に、その日あった事を話す。
 すると、少しだけ寂しそうな顔をした。
 やはり、兄として妹が他人の元にいる事は、悲しい事なのだろうか。
 兄の事を思うと、少しだけ胸が痛んだ。
 それと同時に、宮村先輩へ向ける私の思いも、少しずつ変化していた。


「ねえ、沙耶子。宮村先輩って知ってる?」
 クラスメイトは、私に彼の話題を持ち掛けた。
「知ってるよ。いつも音楽室でヴァイオリンを弾いてるよね」
「あの人、格好良くない? 凄く爽やかっていうか、文化系男子の格好良さがあるっていうか」
「その先輩って、モテモテなの?」
「そうだよ! やばいよ! ファンの子が一杯いるんだから」
 あの人、そんなに人気があるんだ……。


 宮村先輩に出会ってから、毎晩あの屋敷の中で少年といる夢を見る。
 しかし、その日の夢は違っていた。
 床に裸で倒れている私。
 そして、すぐ隣に私を見下ろして嘲笑っている男。
 とても怖くて、それと同じ位に憎しみも湧いていた。
「沙耶子!」
その声で、私は目を覚ます。
すぐに兄の顔が視界に入った。
「大丈夫か? なんか、凄い魘されてたけど」
 冬の朝だというのに、私のパジャマは汗で濡れていた。
 昏睡状態から目覚めて、もう大分経つ。
 兄には、もう心配は掛けたくない。
 だから私は
「何でもないよ。大丈夫」
 そう言って誤魔化した。
 本当は不安で溜まらないのに。


放課後、音楽室の前で、数人の男女が宮村先輩に詰め寄っていた。
「宮村、お前は何を考えているんだ?」
「そうよ。どうしてヴァイオリンなんて……。あなたはクラリネットでしょ」
 先輩は冷静な口調で言葉を返す。
「この音楽室は僕が使っています。吹奏楽部は専用のプレハブがあるでしょ。もう、僕に構わないでください」
 数人の男女は、残念そうにその場を去って行く。
 私はその集団の横を通り、宮村先輩の元へ行った。
 彼がこちらに気付く。
「ああ、平野さん」
「宮村先輩……今のは……」
「……友人さ」
 彼の口調が、少しだけ重い。

 いつもの様に、私達は演奏を始める。
 しかし、少しだけ経って、宮村先輩はヴァイオリンの弓を床に落としてしまった。
 それに動揺するかの様に、その場でヴァイオリンを抱いて蹲ってしまう。
 私は慌てて伴奏を止め、宮村先輩に駆け寄った。
「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」
「……」
 彼の目からは、頬を伝って涙が流れていた。


「落ち着きましたか?」
 宮村先輩をとりあえず、椅子に座らせて休ませた。
 こんな宮村先輩を見た事はなかった。
 彼の声は震えていて、そして寂しそうだった。
「話してくれませんか?」
「君には……関係ない事だよ」
「そんな事ないです。私はこうして、宮村先輩の隣にいるんですから」
 彼は緩やかに頷いた。

   ♪
 
 ホープという楽譜を見つけたのは、高校一年生の終わりの事だ。
 始めはクラリネットを使って、興味本位で練習していたこの曲に、僕は徐々に引かれていった。
 こんな音色は聞いた事がなかった。
 僕は吹奏楽部でクラリネットを担当していた。
 音楽家である父へ反抗できずに入部した、吹奏楽部。
 そこで得たクラリネット。
 大人の考えに振り回される事が嫌だった。
 父の意見に反抗出来ずに、小学校卒業と共に諦めたヴァイオリン。
 長い間、再びヴァイオリンを弾く事を願っていた。
 だから、ホープの楽譜を自分なりのヴァイオリンの音として、アレンジを加えたのだ。
 それからというもの、僕は部活へ行く事もなく、放課後になると、この音楽室に一人で籠り、毎日ホープを弾いている。
 丁度良かったのだ。
 その年の始めに、両親は海外で音楽活動を始める為に、日本を離れたから。
 度々、吹奏楽部の以前の仲間達が僕を訪ねて来た。
「戻って来い」
 そう言われた。
 おそらく、皆は僕に対して怒っているだろう。
 いや、もう呆れてしまっているのかもしれない。
少数先鋭のこの部活で、クラリネットが一人消えた。
それは、大会を前に控えた吹奏楽部では、大きなダメージだった筈だ。
 申し訳ないと思っている。
 それでも、僕がホープやヴァイオリンに抱く思いは止められない。
 初めてだった。
 こんな曲に出会ったのは……。

   ♪

 蹲る宮村先輩に、私は掛ける言葉を必死に探した。
 しかし、言葉が見つからなかった。
 こんな時、何て言えばいいのか、どう接してあげればいいのか見当も付かない。
「あの……」
「未だに……迷っているんだ。まだ部活も辞めていないし。それに、父さんは、僕がこんな事をしていると知らない」
「好きにすれば良いんです」
「え?」
 キョトンとした顔で私を見る。
「したくない事はしなければ良いんです。無理してする事はないんです」
「でも……」
「いっその事、バシッと言ってやりましょうよ。もう、部活には行かないって。はっきりと」
 宮村先輩は涙を拭う。
「……ありがとう。僕は、僕のしたい様にする。そんなに簡単な事じゃないんだけど、頑張ってみるよ」
「その息ですよ!」


 その後、宮村先輩一人だけでは、なんだか不安なので彼を家まで送って行く事にした。
 そういえば、二人で帰るのは初めてだ。
 先程までオレンジ色だった空は、完全に暗くなっていて、微かに雪が降り始めていた。
道を照らす所々に備え付けられた街灯が、降って来る雪をキラキラと照らしている。
「すまないな。先輩の僕が君に迷惑を掛けてしまったみたいだ」
「いえ、そんな事ないです。私は好きでこうしてるんですから」
 そう言って、宮村先輩の手を握った。
「……?」
「寒いですから……」
 手袋をしていない互いの手は、温かい体温を直に感じ取る事が出来た。
 宮村先輩も私の手を握る。
 彼の温かい手。
 握っていて、なんだか安心した。
「平野さんは偉いな」
「何がですか?」
「何て言うのかな……」
 頬をポリポリと掻きながら、照れた口調で言う。
作品名:HOPE 第二部 作家名:世捨て作家