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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第一部

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「そうだ! 私も雑学知ってるよ」
「どんな?」
「クラスの男子が話してるのを聞いちゃったんだけど、コンドームを財布に入れると、お金が溜まるんだって!」
「!?」
 そんな話を笑顔でされて、どう対応して良いのか困ってしまった。
「え、えぇっと……宮久保、コンドームって何か分かるか?」
「そこが問題なんだよ! 何? コンドームって」
「えっと……知らない方が良いと思うぞ」
「えー!? 教えてよ!」
 教える事を躊躇ったが、何度も粘るので仕方がない。
「宮久保。耳を貸して」
 彼女の耳に、今までの経験を活かした知識を吹き込む。
 すると、宮久保は僕から目を反らし、恥ずかしそうに頬を真赤に染めた。
「ひ、平野君」
「何?」
「ごめん」
「いや、どうって事ないよ……」
 少しだけ、気まずい空気を作ってしまった。
 どうにかして、この……何て言うか……エロい話から離れないと。
「そういえば、宮久保って家はどの辺?」
「この先の駅から電車だよ」
「電車か。毎日、大変だろ?」
「そうでもないよ。それに、長い道を歩いてるから、色々と面白い発見があるんだよ」
「発見?」
「ほら! あれ」
 そう言って、ある方向を指差す。
「あの木」
 宮久保が指差した木は、太い木の棒で補強されていた。
「あれが、どうかしたのか?」
「この前までは、今にも倒れそうだったのに、支える事で立ち上がり始めてる。なんだか、あの木を見ると、やる気が出るっていうか……。これからも頑張って行けそう、みたいに思えるんだよね。はは、ごめんね。なんか自分で言ってて、ちょっと恥ずかしいかも……。他にも、この時間にこの場所を歩いて来る人の服装とか。……私って、ちょっと変かな?」
 そんな事はない。
 毎日、この道を通っているけれど、そんな事に関心を持った事など、一度もなかった。
 宮久保は、なんて前向きなんだ。
 つくづく感心してしまった。



 宮久保と出会って、一週間程経っただろうか。
 だいぶ僕に馴染んだ様な気がする。
 休み時間になると、宮久保は僕に会いに教室へ来るようになっていた。
 同じ学年で、クラスも近いからだろう。
「平野君」
 教室のドアから、宮久保が呼んでいた。
 立ち上がり、教室から出る。
「おお、宮久保」
「ねえ、テストどうだった?」
 今日は授業が潰れて、丸一日がテストになっている。
 あまり自信のない僕には、突然その話題を出されるのは少々きついかもしれない。
 なんたって、あと三つもテストが残っているのだから。
「まあまあ、かな」
 とりあえず、そう答える。
 それを聞いた宮久保は、ややからかい気味に言う。
「ふーん。じゃあ、そんなに良くはなかったんだね」
「えっと、まあ、僕は赤点さえ取らなければ、それで良いから」
 と、胸を張って言ってみた。
「あー、そんなんじゃあ、良い大学には入れないよ」
「良いんだよ。僕は付属の大学に行くんだから」
 気のせいだろうか。
 少しだけ彼女の表情が暗くなる。
「そっか。私は、出来れば他大に行きたいなあ、なんて思ってるんだけどね」
「え!? 凄いな」
 ふふん、と宮久保も胸を張って見せた。


 答案は、三日と経たずに返却された。
 テストは全部で五教科ある。
 先に返却された四教科は、赤点にはなっていなかった物の、平均点超えもしていなかった。
 そして、最後の一教科が返された。
「うわ……」
 それは、真赤なバッテンだらけの答案用紙。
 まさしく赤点だ。
 教師は容赦なく言う。
「赤点だった奴は追試だからな」


「へー、大変だね」
 帰り道、宮久保にテストの事を話すと、そんな返答をされた。
「ちゃんと勉強したのになあ……」
「うーん、勉強の仕方なんて、人それぞれだから」
「そういえば、宮久保はテストどうだったんだ?」
「私? 私は全部平均点超えだよ」
「う……そっか」
 僕は少々顔を引きつらせる。
「そういえば、赤点取ったら追試だよね?」
「ああ」
「私が勉強教えてあげようか?」
「いいのか?」
「もちろん!」
 宮久保は嬉しそうに頷いてくれた。


 休日に、駅近くの図書館で勉強する事になった。
 勉強はあまり好きではないが、なんだか待ち遠しい。
 宮久保を駅まで送った後、今にも騒ぎ出したい気持ちを抑えながら、僕は思いっ切り家まで走った。


 
その日、宮久保は制服で来た。
 彼女曰く、制服の方が気合いが入るそうだ。
 まあ、僕もそんな気分で制服を着て来たのだけれど。
 図書館の隅の机に二人で腰掛けた。
 勉強の為、止むを得ないのは分かるのだが距離が近い。
 彼女の呼吸の音が聞こえたり、長い髪が時々頬に触れる。
 その度に、少しだけ赤面した。
 勉強の方はと言うと、教え方がとてもうまく、すぐに問題を理解する事が出来た。
始めてから二時間程して、宮久保は伸びをした。
「んー! そろそろ休憩しようか」
「ああ。そうしよう」
 僕と宮久保は外の自販機でジュースを買った。
 授業料として、彼女の分の代金は僕が出した。
 缶を開けて、口に運ぶ。
 その時、彼女の腕に着いているリストバンドが目に止まった。
「なあ、気になってたんだけどさあ、そのリストバンド。いつも着けてるけど、何?」
「ああ、これ? これは、前に大事な人から貰った物なんだ。大事な人から……」
 儚げな表情を作って、リストバンドを見る。
「大切な物なんだな」
「うん、とっても」
 宮久保にも、過去にそんな人はいた。
 自分が関わる事の出来ない彼女の過去。
 そう思うと、少しだけ悲しくなった。
 雲に隠れていた太陽が顔を出し、眩しい日差しを放つ。
 宮久保は左手を広げ、宙にかざして言った。
「もう夏だね」
「うん」
「夏休みになったらさ、二人でどこかに行かない?」
「どこかって?」
「どこか!」
 笑う宮久保に僕も笑い返す。
「そうだな。夏休みになったら、どこかに行こう」


 勉強の成果もあり、追試は見事に合格だった。


 テストも終わり、高校一年生の夏休みが間近に迫っていた日。
 帰り道にあるファーストフード店で、僕達は夏休みの予定について話し合っていた。
「平野君は、夏休みは予定とかある?」
「んー、そうだな、特に予定はないな。旅行にも行かないし」
「じゃあ、二人で行こうよ」
「どこに?」
「電車で、凄い田舎に」
「田舎?」
「うん。凄く良い所」
結局、宮久保は詳しい行先は教えてはくれなかった。


 夏休みに入ると、宮久保と会う回数も減ってきた。
 学校に行く事はないから、仕方がない事だが……。
 しかし、旅行はあと数日後だ。
 あと数日……そう思う程、宮久保に会いたくて仕方がなかった。


平日の午前十時という、あまり人のいない駅の改札前で、宮久保は僕を待っていた。
いつも学校で見る様な制服ではなく、白のワンピース姿に、やはり腕にはリストバンドを着けている。
 手には軽い荷物を持っている。
 日帰りだと言っていたから、実はそれほど遠くはないのだろう。
 まあ、夏休みだから帰りなんて何時になってもいいのだけれど。

 数本の電車を乗り継ぎして二時間程の所に、目的地はあった。
作品名:HOPE 第一部 作家名:世捨て作家