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世捨て作家
世捨て作家
novelistID. 34670
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HOPE 第一部

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 平野を初めて見た日から、私は校舎裏で彼の泣く姿をただ見ていた。
 しかし、それから数日後、転機が訪れる。
 彼の一人の少女との出会いだ。
 彼女こそが宮久保さんだった。
 その日から、平野は少しずつ笑う様になった。
 もう、終わりにしよう。
 私が彼らの世界に入り込む事なんて、もう絶対に出来ないのだから。
 別に悲しくなんてない。
 逆に嬉しかったのだ。
 彼の笑っている顔を見る事が出来て……。

   ♪

「ごめん」
 なんだか、天道に対して申し訳なくなってきた。
「どうして謝るんだ?」
「気付いてあげられなかった。あの時、僕は自分の不幸ばかりを呪って、周りを見ていなかったんだ」
「それでも、お前には宮久保さんがいたじゃないか。宮久保さんをしっかりと見てあげていた」
「でも、沙耶子は眠ったままだ。それに最近、もしかしたら沙耶子はずっとあのままなんじゃないかって……そう思うようになったんだ」
 話していく内に、顔が火照り、自分の声が段々と震えていくのが分かる。
「嫌なんだよ。もう、自分で自分が信じられない……」


 数秒間の沈黙が続き、天道は僕を真っ直ぐに見つめた。
「なら、私は信じてる」
「?」
「宮久保さんの目が覚めて、いつかお前と一緒にいられる日が来る事を」
 なぜか、彼女の言葉は確信的だった。
 いや、というより説得力があるとでも言うのだろうか。
「もし、沙耶子が目を覚ましたら、僕と一緒にいてくれるのかな……?」
「たぶん、それはないな」
「え?」
「とりあえず授業にはしっかり出て、勉強して成績を上げて、煙草をやめる。私から言えるのはそれだけだ」
 本当に、彼女の言う通りに事が進む様な気がして来る。
 僕は天道に対して笑って見せた。
 それは本当に久しぶりの、今の僕にとっては精一杯の笑顔だった。
「ありがとう。とりあえず付属は無理かもしれないけど、大学でも目指してみようかな」
「よし! その息だ!」
 天道は高く手を掲げる。
「え、何?」
「ハイタッチだよ! ほら!」
 天道に促されながら、僕は彼女とハイタッチを交わした。




 高校生最後の冬休みが間近に迫っていた。
 僕の周りでは、皆が進路を決め始めている。
 大学へ進学する者もいれば、就職する者もいる。
 僕の場合は進学だが。
 天道に悟られたあの日から、僕は彼女に勉強を教わっている。
 今まで知らなかったのだが、彼女の成績は学年トップだ。
 そんな人に教わっているのだから、とても心強く感じる。
 何もかもが上手く行っている様な気がした。
 しっかりと授業にも出ているし、その甲斐あって成績は天道程ではないが、徐々に上がっている。
 そして、もしかしたら沙耶子の目が覚めるかもしれない。
 そんな淡い期待すら抱いていた。

「起きろ!」
 微かにそんな声が聞こえた、そのすぐ後に頭の上に大きな衝撃が起こる。
「痛ってぇ!」
 慌てて顔を上げると、全訳古語辞典を右手に持っている天道がいた。
「まったく、せっかくホームルームが終わった後に、急いで学校の図書室の席取って勉強を教えてやってるのに、どうして途中で寝るんだ?」
「ああ、ごめん」
 まだ焦点のはっきりしない目蓋を擦りながら、とりあえず謝罪する。
「そんなに眠いのか? ちゃんと寝てるのか?」
「まあ、一応な。なんか、夜に勉強すると止まらなくてさ」
「凄いな! あの頃のお前が嘘みたいだ!」
 なんだか少し照れる。
「でも、これもお前がいてくれたおかげだから。ありがとう」
 その言葉を聞いて、天道は少しだけ赤面し、参考書に目を落とした。
「そ……そそ、そうか。ああ! そういえば」
 彼女は携帯を開き、時間を確認する。
「先生に呼ばれてたんだ。先に帰ってて良いぞ。それじゃあな!」
 天道はさっさと荷物をまとめて、図書室から出て行ってしまった。
「あいつ……少しだけ性格が丸くなったかも」
 最近、天道を見ていると、そう思う。
「帰るか」
 荷物をまとめていると、先程の古語辞典が僕の教科書の束と混ざっているのに気付いた。
 天道の机の上にでも置いてから帰るか。
 持ち帰るのも悪いしな。
 

 三年生の教室が並ぶ階には、放課後という事もあって、全く人がいなかった。
 受験の近いこの時期なら、学校に残ってる三年生なんて、何か用のある人くらいだ。
「良かったわ。あなたのおかげでクラスの問題子がいなくなった」
 準備室の前を通り掛かった時、中から琴峰の声が聞こえた。
「……そんな、問題児なんて……」
 天道の声がして、僕はその場で足を止めた。
「あら、言い方が悪かったかしら。でも、あなたのおかげよ。そろそろ、あなたが二年前にした事も、あなた自身の事に関しても考え直さないといけないわね」
なんだ? これは……。
 担任と天道の会話を聞いて、ある考えが頭の中に浮かんだ。
 天道が僕に近付いた理由。
 それは担任に何かと引き換えに、頼まれた為。
 僕は、始めから利用されていた。
 天道は僕の事を信じてなどいなかったという事に、やっと気付いた。


 とにかく全てが嫌になった。
 フラフラと何時間か街を彷徨っていると、空はすっかり暗くなっていた。
 道を照らすのは、端に取り付けられた街灯くらいだ。
 孤独。
 そんな感じがした。
 携帯を開くと、時刻は深夜の一時を回っていた。
 そして、メールが三件。
 それらは全て、天道から送られた物だった。

 一件 私の古語辞典がないんだが、知らないか?

 二件 おい、無視するな!

 三件 大丈夫か? 何かあったのか?

 携帯を強く握りしめた。
 みしみしと、今にも砕けそうな音が鳴る。
「どうして……」
 天道は僕を利用していただけなのに、どうして僕なんかの心配をするんだ。
 
 数回のコールが耳元で鳴る。
 僕は無意識のうちに、天道に電話を掛けていた。
 コール音が途切れ、彼女の声が聞こえて来る。
「もしもし? 平野?」
「……っ……っ、っ」
 彼女の声を聞いた瞬間、声が出なくなり、電話を切ってしまった。
 どうして?
 いつも普通に話しているのに。
 
 もしかしたら、もうダメなのかもしれない。
 両親を亡くして、大切な人を手放して、信じていた人に裏切られた。
 もう嫌だ。
 いっその事……。
 赤い光が視界に入る。
 それと同時に、カンカンカンと耳に響く音がしている事に気付いた。
 目の前には発光ダイオードを赤く光らせる踏切がある。
 辺りを見渡して、人がいない事を確認すると、僕はそこへ進んだ。
 ふらふらした足取りで線路の真ん中に立ち、ゆっくりと目を瞑った。
 
「やめろー‼」
 電車の轟音が近付いて来ると同時に、天道の声が聞こえた。

 気付くと、僕は踏切の向こう側に突き飛ばされていた。
 そして、僕に覆いかぶさる様な状態で、息を切らしている彼女の姿があった。
 天道は僕の胸倉を掴む。
「何て事をするんだ!? 死んだら全部終わりなんだぞ!! 死んだら……宮久保さんにも会う事だって出来ないんだぞ!!」
 その言葉に、ハッと我に返った時には、僕の体はがたがたと震え、頬には涙が伝っていた。


 街灯だけが照らす夜道を僕等は歩いていた。
作品名:HOPE 第一部 作家名:世捨て作家