舞うが如く 第六章 4~6
「門出に、
涙は不吉です。
わたしとしたことが・・・」
目がしらをぬぐう琴に、
八重も思わず我が目をこすりあげました。
分岐した道が、それぞれの行く先を見え隠れさせながら
ゆるやかに下り始める地点にまでやってきました。
別れる前にと、八重が懐から一枚の短冊を取り出しました。
「何もお返しができませぬゆえ、
辞世の句と思い、開城のおりにひそかに詠んだものでございます。
稚拙ではありますが、八重の本音が籠っています。
妹からのものと思い、
笑ってお受け取りください。」
琴が笑って受け止めます。
「京都までは、
20日と少しの旅路にありまする。
上州、信州、甲斐と、険しい山道なども続きまするが、
いずこも、明媚なる街道にございます。
2度も往復をしてきた、この琴が言うのですから、
それを楽しみに、どうぞ道中をご無事でお過ごしください。
お気をつけて。
お兄様と早く会えるとよろしいですね」
くるりと背を向けた八重が、勢いよく数歩あるいたところで、
はたと、また立ち止まってしまいました。
「琴様。
またお会いできますか?
八重には、女兄弟が無いゆえに、
琴さまをお姉さまのように、心よりお慕い申しておりました。
これからも、そう思い続けてもかまわないでしょうか・・・
いままで、言いそびれてまいりましたゆえ。」
琴が、笑顔で返します。
「私は、あなたにお会いをした、
その最初のときより、すでにそのように思っておりました。
大切な妹に会うために、私ははるばると、
この会津にまで旅をしてきたのです。
さァ行くがよい、
我が妹。」
大きく手を振りながら、八重が元気に遠去かります。
作品名:舞うが如く 第六章 4~6 作家名:落合順平