現代異聞・第二夜『長い遺体』
実の親ですら──海に行く者に関わるなという言い伝えに盲従してしまった。
彼らは死んだ。
禁じられた日の翌朝、海岸近くで大騒ぎになっていたのを思い出す。
当時はまだ分別のない子供だった俺は、好奇心が囁くままに人の群に分け入り、
──やっぱりよ、
──だから言わんこっちゃねんだ、
──馬鹿どもが、
──あんだけ海さ行ぐな言われとったに、
──どうすんだよこんなの──。
どうするのだろう──と思った。
俺が着いたときには、既に死体は青いシートで覆われていた。だから彼らがどんな表情で死んでいったのかは知らないが──それでも、こんな異常な代物をどう処理するのだと、子供ながらに愕然としたものだ。
死体は五つあった。
これだけでも大事件だ。複雑な海岸線にへばりついた小さな村では、不審死そのものが珍しい。
しかも五つの死体には、明らかにおかしい点があった。
青いシート越しにでもわかる、
隠されているからこそ目立ってしまう、
──あの馬鹿ども、
──こんだけはやっちゃなんねってのによ、
──館岡さんちに行ってよ、旦那さん呼んでこい。
──じっちゃの方じゃねえよ、若旦那の方だよ。
──あんな坊主だけんどよ、館岡さんちの旦那なんだよ、
──これぁ鎮めてもらわにゃ、
──今度ッから漁なんておっかなぐて行けねぇよ。
おっかない──。
恐ろしい──死体だった。
死体だから恐ろしいというわけではなくて、恐ろしい死体だったのだ。
シートに覆われた五つの死体は、全て──
──まるで一つのシートで二人の人間を包んだような、
──ひどく長々とした──死体だったのだ。
笹川の父親はあのとき、泣いていたのだろうか。
──いや、
泣いてはいなかった──ような気がする。
まるで今の祖父のように、苦々しく、しかし倦み疲れたような表情で、長い死体を呆然と見詰めていたのだ。
結局笹川家は水利権を手放し、農地を全て二束三文の値段で売り払って、他県に引っ越してしまった。笹川家だけではない、取り巻き連中の肉親も全て、茅部村を離れていった。それまで多少なりと近所付き合いがあったはずなのに、誰も引き止めたりはしなかった。
──しょうがねぇ。
祖父はあのときも──仕方がないと、繰り返していた。
人が死んだ悲しみなど微塵も感じさせない。無気力な倦怠感が村全体を包み込んでいる。俺もまた鈍重な空気に呑み込まれて、何をするにも気力が湧かなかった。
葬式が終わりに近付き、受け付けはもう済んだから大丈夫だ、これ以上は酷だから焼き場には来なくていい、終わるまで海で釣りでもしてろと──そう言われたところで、釣り具を持ち出す気にすらなれない。
喪服に線香の匂いが染み付いている。
まるで祖母が末期に残した吐息のようで、ひどく不快だった。
──潮風に、
潮風に当たるぐらいなら──まだ、いいだろうか。
この線香臭さを消し飛ばしてくれるなら──あの恐ろしい海に近付きさえしなければ、海岸を望むぐらいはいいんじゃないだろうか。
屋敷には入れない。
子供だった頃の友人達は顔すら見せなかった。
どうせ行き場などないのだ。
俺は半ばやけくその気分で、
潮騒を頼りに──重い足取りで、歩き始めた。
作品名:現代異聞・第二夜『長い遺体』 作家名:名寄椋司