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　海が割れる。波が砕け沖へと引き戻され、その力に引き寄せられて人々もまた水中へと没していく。泡を吐き、しかし悶えるでもなく茫洋としたまま塩水を飲み、肺と喉とを詰まらせて窒息死していく。苦しみなど一切感じさせないまま、しかし肉体だけはばたばたと激しく藻掻いて──己の腰にしがみつく死体を振り払うこともできず、水底へと沈んでいく。憐憫すら感じさせる程の絶叫を上げ、死者もまた次々と海中へと没していった。ごぽん、と大きな泡が一つ水面で弾けるたび、人一人が死んでいるのだろう──実感も何もなく、俺は鍵子の背中と地獄じみた砂浜を見詰め続ける。
　山の中腹に灯されていた明かりが消える。
　きっと蔓引家の神事が終わったのだ。
　何の意味もない神事が終わった。
　誰も助けられないと知っていて繰り返しているのだろう──止められない理由は、ただ単に怖いからだ。自分が死ぬ理由を一つでも遠ざけておきたくて、だからあんな無意味なことを繰り返しているのだ。
　誰も助からないのに。
　何も終わりはしないのに。
　──幸せになんかなれないんですよ。
　鍵子の囁きが浜風に乗り耳の奥へと染み込む。
　ライトに照らされる後ろ姿は小さい。惨劇の場と化した水面は既に静まり返り、生者も死者もその姿を消していた。
　手を広げ、
　踊るようにその場で反転して、
　小さく笑う。
　鍵子は呆然と座り込んだままの俺を見て、
　ふにゃふにゃと気の抜けた笑みを覗かせ、

「みぃーんな不幸に──なぁーあ、れ」

　俺は、そうして気を失った。