彼女のいきかた
夜になって、彼女の夫が帰宅した。
彼女は、いつもより静かに微笑んだ。夫は、彼女が話し始めるのを待った。
夕食を済ませ、風呂に入り、バラエティの番組も終わった。
いつもと変わらない。
リビングを出ようとした夫の背中に彼女は手を当てた。
「あのね。赤ちゃんできたって」
「良かったね。お母さんだね」
夫は、静かに答えた。
「うん、ふたりよろしくね」
夫は寝室へと入って行った。
それからの彼女は、お母さんの日々を送る。
役所で母子手帳の申請をした。
書店に行き、育児書を購入した。
病院のマタニティ教室にも通った。
保健所で行われるセミナーにも参加した。
体調も考え、体操や食事も出来る範囲でやり通した。
つわりの時も無理をせず、小さな命と対話した。
「お母さんも今つらいけど、栄養頑張ってあげるからね。ちゃんと呼吸しててね」
安定期になってできることも増えてきた。
大きくせり出した腹をかばいながら出かけると心優しく接してくれる人もいた。
夢中になって孫の話しをする老婆にもあった。
店のおばちゃんが、「これはお腹の子の分」と言っておまけをしてもらった。
「みんなみんなあなたのおかげ」と彼女は腹を撫でた。
臨月を向かえた。はちきれんばかりのお腹はもうその時を待っていた。
「元気なお子さんですよ」と渡された。
彼女が初めて生まれた児を抱いた日。
「嬉しい」
横で眠るものの小さな手をずっと障って過ごした日もあった。