覇剣~裏柳生の太刀~
飯能警察署に電話が掛かってきたのは朝の5時を過ぎたかどうかの時刻だった。
初めに受話器を取ったのは女性の警官だった。
内容は自分の祖父を殺してしまったという供述だった。
内容が内容だけに、刑事2名と警官2名、計四名で秩父の山奥の刀鍛冶場にパトカーで向かった。
道場らしいところが見えるのでそこを頼りにと、婦人警官に言われた。
刑事は生返事だった。
カーナビが付いてるから迷う訳がないのだ、そう思い生返事で出てきた。
「早乙女流剣術道場、こんな所にあったんだ」
一人の刑事が山道の突き当たりに立て掛けてある古ぼけた木の看板を指差した。
「今はどこそこも武道が盛んですから、しかし、よりによって早乙女流とは」
同僚が笑って答えた。
笑うのも無理はなかった、早乙女流など、今や伝説に近い剣術だったからだ。
「ゲンさんは何流でしたっけ」
「俺か、俺は昔は示現流だったが、警察学校からは新陰柳生流(しんかげやぎゅうりゅう)だな、お前もそうだろう」
ゲンさんと言われた色黒の男に運転している男は質問された。
「私は一年前まで仙台でしたから、今でも北辰一刀流ですよ」
「そうか、東北は千葉家のお膝元だものな」
2台のパトカーが早乙女流剣術の道場前で停まり、しばらくして若い男が道場から出てきた。
「あなたが今朝、うちの署に電話してきた剣(つるぎ)さん?」
先に降りていた警察官が距離を置いて若者の前で声をかけた。
「はい、あの、車の音が聞こえなかったので、あの、すいません」
若者は恐縮して謝った。
パトカーは今では全車両ハイブリットカーになり京都議定書で定められたCo2排気ガス規制をクリアーしていた。
燃料電池の進歩によりガソリンエンジンのような騒音は無くなり、車の音もタイヤと路面の摩擦音だけになっている。
だから車の音が静かになり、また化石燃料の時代は幕を完全に下ろす時代となってきた。
「つるぎ、けんしさん?」
警察官が改めて質問した。
「はい、先ほど連絡した剣 剣士です」若者はそう答えた。
作品名:覇剣~裏柳生の太刀~ 作家名:如月ナツ