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金の燕

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 腕っ節のいい姉。体力に恵まれているとはお世辞にはいえない弟。学年主席だか次席だかだった姉。数学だけぶっち抜きに他教科は平均点や赤点をいったりきたりと、実に心許ない弟。
 カリスマ性は断然姉に軍配が上がる。どちらかといえばヘリバーは人前で指揮をとるより縁の下の力持ち的存在だ。オレとの関係もそんなかんじだし。家を継ぐのはこの国では男が普通だから、父親を早くに亡くしているシグ家がそう囁かれるのは仕方ない話かもしれない。しかし当人に聞こえるようにいう人間がいるのだろうか。自分の思考を棚に上げて苛立ちを覚えた。
「ふふ、お前は優しいな、マイク」
 怒ってくれるのか。
 穏やかに笑むローラの碧の目を見て居た堪れなくなる。自分も思ったことがあるくせに誰に憤っているのだろう。優しいなんて感情、絶対当て嵌まらない。
 ローラは新しいケーキに手を伸ばす。
「私もふわふわなドレスを着てみたいものだな」
 いきなりの方向転換だ。ついていけないオレにローラは続ける。
「でもなあ。似合わないだろう?」
「……いや……」
 明確に否定できなかった。正直、ローラは昨日や今日のようなすっきりしたパンツスタイルのほうが似合うからだ。ああこういうのがイメージ先行ってやつか。
「だからな。クラリスが羨ましい」
「ふーん……」
「マイクは卒業後、どうするんだ?」
「……わかんねえ」
 それは本当のことだった。だからだろう、ローラは茶化したりせずそうかとケーキに歯を立てる。
 こんな美味しいベークドチーズケーキを焼けるような腕もない。経済を学ぶために進学できるほどの熱意もない。軍に一発合格できるような運動神経も頭脳もない。妹にも友人にも、兄にもこいつにも出来ることが出来ない。決められない。ちょっとすばしっこいだけで活かせる道なんて見つけられない、正直十ヶ月後、どんな道に進んでいるのか明確なビジョンが全然見えていないのだ。とりあえず就職で考えているが、考えているだけ。忘れていた最上級生のプレッシャーとジレンマを思い出して鬱になる。
「私が言うのもなんだがな。軍に入らないで済むならそのほうがいい」
「……何でだよ」
 若干拗ねて口を尖らせるオレに、隣の女は「それは」と風に髪を流した。
「足音一つに恐怖したり、槍を何本も喰らうなど……遭わないに越したことはないだろう?」
 聞いた話ではない。見た話だ。
 碧の目はここじゃない場所、今じゃない時間を見ている。
「同期の友のことだ」
「……友……」
「だがいかんな、軍の友は。せっかく仲良くなったのにコロリと死んでしまう」
 半年前の防衛戦か。シャイニア国の領域侵犯だとかで軍が動いたのは知っていたが、そんな大きなことになっていたなんて知らなかった。新聞ではシャイニア国はすぐ退散したとしか書いてなかったはずだ。
「死傷者は家族にしか知らされないんだ。国の中から崩れてしまってはいけない、とかそんな理由で」
 ローラは苦笑する。怒ってもいないが納得もしてなさそうな渋い顔。諦めの境地にも似た表情だった。でもな、と入軍二年目の女軍人が続けた。
「自分の能力を評価して最大限に活用させてくれる軍隊は、私は嫌いじゃないんだ」
 羨ましいと思った。
 自分の能力をどこにいけば活かせるのか、一年前に既に認識していて、それを実践できている一つ年上の人間が。
「ま、隊長になれたのは偶然だけどな」
「……偶然じゃないだろ」
 反論したオレにおやとローラは目を開いた。その目に映るのが嫌で、オレは眼下の街を見る。
 軍には東西南北の四つにそれぞれ十から二十前後の隊がある。東西南北に優劣はなく、数字は小さいほうが優れている。ラン兄さんは西部第三番隊の副隊長、ローラは西部第十五番隊の隊長。西部は第十五番隊までしかないから、ローラが属している隊は正直劣等生の集まりだ。しかし腐っても軍人は軍人、庶民より体力が優れているのは明らか。オレとどころか昨日のゴロツキなんかと喧嘩にならないのは当然のこと。ラン兄さんとローラのどちらが偉いのかといえば、ちょっとオレにはわからないところがある。入軍二年で副隊長になったラン兄さんがすごくないわけじゃないのだが、女ながら入軍一年目にして末尾の隊とはいえ隊長になってしまったローラ。隊長会議もあると聞く、そのとき前に出ていくのはラン兄さんではなくローラなのだ。その背中を遠くから見送るラン兄さんの気持ちはオレごときには計り知れない。以前話してくれたラン兄さんの顔を思い出しながらオレは言葉を紡ぐ。
「突然武装して国境を越えてきた隣国……慌てた定年間近の隊長が脚をやられる」
「……」
「ベテランを失ってうろたえた副隊長も腕を負傷。軸を失った同僚に喝を入れて、第十五番隊をまとめあげて、結果的に他の隊の士気をも上げ、シャイニアから防衛に成功……」
「……」
「それを評価されて、怪我を理由にちょっと早めに定年退職した隊長の後任に就いた、っていうのは偶然でも何でもないだろ」
「……よく知ってるな」
 あ、まずかったか。
 自分よりうまくいっている人間の卑屈っぷりにちょっと苛ついて一気に喋ってしまったが、これはちょっとした軍内機密情報に値するのかもしれない。
 ラン兄さんにクラリス、ヘリバーと、どうもオレの周りにはローラ関連の人物が多くて嫌だ。
「私より私のこと知ってるのかもしれないな、マイクは」
「……それはない」
 身近にローラおねえさまローラおねえさまと反復する妹がいるせいで身長や誕生日は知っていても、軍で友達を失っていることなんて知らなかった。隊長になった経緯よりも、そっちの痛みを知っていたほうが絶対有意義だったと思う。
 そこで思い出す。オレ、こいつ嫌いなんだった。
「……帰る」
 立ち上がって草を払う。自分の中の変化に自分自身がごちゃごちゃしてわからない。踏み込みたくなかったのに実は当人も驚くぐらい情報を持っている事実よりもそれよりも、もっと知っておけばよかったと思ってしまった自分の思考に。
 来た道だろう茂みを掻き分け進む。
「あっ、そっちは……!」
 慌てて追いかけてきたローラの声に足を止める暇もなく、オレの視界は半回転する。ぐんと引っ張られる腕、ずるりと滑る足、ぐらりと崩れるバランス。ばしゃんと二人して尻餅ついて、ようやく茂みに隠れた小川の存在に気付いた。
「……すまない、体重足りなかった……」
「いやそこは謝られるところじゃない……」
 しょんぼりするローラにオレは首を振る。ヘリバーのノートの入った鞄は茂みに引っかかって何とか無事だった。オレはぬめる小川の底の石に注意して体を離そうとする。
「今日はありがとう」
 密着状態がなんとも居心地が悪いオレとは違うのか、ローラはぽつりとそう漏らした。
「付き合ってくれて。とても楽しかった」
 まるで今生の別れのように言うものだから、オレはちょっと動けなくなる。
 跳ねた水で濡れた金髪。腰とか胸とか、強調される曲線はこいつが女だということを嫌でも意識させる。オレは目を逸らして一つ息を吸う。
「ずっと、言いたかったんだけど……」
 小川に浸かったままいうことじゃないとはわかっている。けど、普通の状況、シラフじゃとてもじゃないけど言えそうにないから。
作品名:金の燕 作家名:斎賀彬子