小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

金の燕

INDEX|3ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 


 シグ家に父親はいない。病気だったかで早くに亡くなっている。
 そういう家庭背景もあって、シグ家長子だったローラは義務教育終了後、進学はせず就職の道を選んだ。危険な仕事ほど金はいい。単身、女ながら軍入りした。
 推薦という名のコネなど何もなかったが、元来の運動神経の良さと機転の利く頭脳で一般兵一発合格。しかも入軍半年後のシャイニア国からの防衛戦でいい働きを見せたことで、末端の数字とはいえ西部担当第十五番隊の隊長へ昇格。卒業後の学校では既に生きる伝説扱いとなっている。
「いい? ちゃんと届けてよ? 勝手に食べたり捨てたりしたら許さないんだから!」
「いいから早く行けよ、どやされるぞ」
 土曜の朝だというのに制服を着て玄関できゃんきゃん鳴いている妹にしっしっと手の甲を振る。その隣には何度か見たことのある顔の女子。提出書類に不備があったとかなんとかで、クラブの顧問教師に呼び出されたらしいクラリスを、わざわざ呼びに来てくれたクラリスの友人だ。終わり次第そっちいくから、と念を押し、クラリスは友人を連れて学校へ向かっていく。
 やれやれとお使いを頼まれてしまったオレは扉を閉め、自室へ向かう。机には学校指定ではない簡素な鞄が、主のオレが出掛けるのを待っていた。その鞄の上には一つの包み。きらびやかにラッピングされたそれには、クラリス手作りのチーズケーキが入っている。
「出掛けるのか」
「悪い、兄さん。ちょっとダチんとこ行ってくる」
 茶色の髪を掻くラン兄さんの左手首がキラリと朝日を反射した。昨日、街中でも見る羽目になってしまった軍章。通称、金の燕。出掛けても必ず越冬して戻ってくる燕の習性を表しているらしい。それは簡単かつ明瞭な身分証明にもなり、いざというとき溶かすなり燕を削って売れば幾許かの金銭になり、遭難時での命綱になる。一般兵だろうが隊長だろうが、皆同じサイズの石を左手首に巻くのを義務付けられている。
 その石の他、軍の使うものには全て燕の紋様が入っている。
「シグ家か?」
 頷く。シグはローラもそうだが我が友人、ヘリバーの姓でもある。姉弟なのだから当たり前なのだが。
 昨日の夜気付いたのだが、課題が出て持ち帰ったノートがヘリバー名義のノートだったのだ。多分、クラリスにせつかれながら揺れる机でまとめたせいで、いつの間にか入れ替わってしまったのだろう。別に課題をこなせないわけではないが、やはりわかり辛いところとわかっているところのチェックの仕方は人によって違ってくる。そのノートにはヘリバーはわかっているんだろうけどオレにはわからない部分があった。ということはその逆も然り。向こうにはオレのノートがいっているはずだから、早々に届けにいくところだった。
 そこにクラリスの友人が訪ねてきて、シグ家に行く準備を整えていたクラリスを呼んだときた。久々の帰省祝いと昨日のお礼も兼ねた、シグ家長女のローラに渡すはずだったベークドチーズケーキは、日持ちするといっても学校に持っていくのは気が引けて、偶然にもちょうどシグ家にいくところだったオレに渡されてしまった。
 ノートなんて月曜でいいか、と薄情になるぐらいだったが、届けてくれなきゃおやつ抜きだと脅されてしまった。悔しいことに妹は菓子作りが得意だ。身内贔屓をマイナスしても、下手な菓子屋より美味いとオレは評価している。義務教育学校の卒業後の進路は、某菓子屋へ弟子入りする方向で話を進めているぐらいだ。入軍するなんて言っていたときもあったが、そんな奴の菓子を食べられないのは、正直、大損だ。
「母さんの話相手でもしててよ」
「はは。確かに昨日だけじゃ二人とも話し足りないからな」
「だろ? じゃ、よろしく」
「ローラ殿によろしくな」
 眉が寄る。どいつもこいつもローラローラ、ローラ。オレがローラ嫌いだとわかっていて何でその名を出す。そんなに好きなら自分で言いに行けってんだ。ラン兄さんの場合は同僚への社交辞令だとわかっているけどもそれでも苛々は治まらない。
 乱暴に包みを鞄に押し込み、オレはラン兄さんに手を振って家をあとにした。

   * * *

 シグ家は歩いて十五分の距離にある。学校とうちエナ家、ほぼ正三角形の位置にあるから、普段歩く距離とさほど変わらない。が、やはり休日の友人宅へ行くというのは平日学校へ向かうのとわけが違う。例えその家に大嫌いな人間がいても、だ。会わなければいいだけだ、お使いなんて弟である友人に頼んでしまえばいい。スキップするほどでもないが、オレは身軽に歩いていた。
 だというのに、何故。
 何故、嫌いな奴が目の前に見える。
 通学路に選んでいる石の敷かれた道よりは質素な舗装道で速度を若干落とし、じっと目を凝らす。
「マイク」
 気付かない振りをして擦れ違おうとしたのに、ローラは手を軽く挙げてオレの名を呼んだ。そのまま頭を少し下げて通り過ぎようとしたオレの思惑むなしく、ローラはお使いかと足を止めて問いかけてきた。
「……そうだけど」
「そうか、やはりな。ノートがどうのこうのとヘリバーが言っていたぞ」
 短い金髪を揺らしてふふと笑うローラの手に、ノートの姿は見えない。
「入れ違いになるといけないから昼まで待つと言っていた。多分マイクなら午前中に届けにくるだろうとも」
「……そりゃどうも」
 弟の予想が当たっていたのがよほど嬉しいのか、ローラはオレを解放しようとしない。
「でも意外だな。一緒にクラリスも来るかと思っていたのだが」
「……クラリスはクラブで学校に行ってるよ」
 そうかとローラはまた笑む。自分が帰省することからクラリスの訪問は予想できても、学校の呼び出しは予想できなかったらしい。予想できたら怖いけど。
 そのことを笑っているのかわからないけれど、久し振りに見るローラは随分上機嫌に見えた。今のうちだ。用を一つこなしてしまおうとオレは鞄から包みを取り出し、ローラに差し出す。
「これ」
「ん?」
「クラリスから。チーズケーキ。昨日の礼も兼ねて」
 ああ、と得心いったようにローラは頷くも、手を出そうとしなかった。オレは届かないのかと腕を伸ばす。ローラは首を振る。
「受け取れないな」
「……は?」
 受け取れない? 何故。クラリスの手渡しじゃなきゃ嫌だというのかこの女は。
「付き合ってくれないか」
「……はあ?」
「なに、少しだけだ。午前中にうちに着けば問題ない」
 いやそういう問題ではない。
 宙ぶらりんの包みが行き場を失って揺れている。焦れてもっと腕を伸ばしてもローラはふふふと笑うばかりで、逆にその包みを押し返して来た。
「昨日からな。プレゼントがたくさん届くのだ」
「……?」
「学生時代の私のファン、といえばいいのかな。どこから聞きつけたのか帰省するのを知った子たちからたくさん」
 そりゃおしゃべりなローラ狂のクラリスに決まっている。あるいはヘリバーだろう。オレはなんだかちょっと悪い気がしてきて腕をそろそろと下ろした。
「正直、私は貰い物を受け取れるような器ではないと思っている。けなされるよりマシだが、それだけだ。家に来るような子がいないのはありがたいんだが……ちょっと居辛くてな」
 なるほど。生きる伝説するのも楽じゃないってことか。
作品名:金の燕 作家名:斎賀彬子