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神坂 理樹人
神坂 理樹人
novelistID. 34601
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その娘、マホウショウジョ。

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 食堂が開いたら、私はいつも一番乗り。お願いしていたお弁当を受け取り、すぐにお部屋に帰ります。
 なぜなら私は、マホウショウジョ。
 正体を感づかれるわけにはいかないのです。
 すれ違う人の視線を避けて、私は俯いて進みます。
 今の私はオンナノコ。
 でも誰も私には気付いてくれません。
 あったかいお弁当を食べたら、おいしくて涙が出てきます。
 あの日もらった苦い缶コーヒーのように、私を包む温かさ。
 私は魔法使いだ、と言っても誰も信じてくれなかった。
 誰からも見向きもされなかった。
 私も信じていなかった。
 私は魔法が使えなかった。
 そんな私に本当の魔法使いからのプレゼント。
 飲みかけのブラックコーヒーと誰かを笑顔にする魔法。
 手のひらから現れたコインのお姫様が、私一人のために踊るステージ。最後にピンッと大ジャンプしたお姫様は、一輪の花になり変わって、私の胸に舞い降りた。
 あの日のことを私はきっと忘れない。
 右手でコインを回すたびに、私はそう思うのです。
 独りぼっちの部屋で、私は勉強を始めます。
 学校の宿題は嫌いだけど、魔法の勉強は楽しいのです。トランプを使うのもいいけれど、それは外には似合わない。
 もっと空とひとつになるような、羽ばたけるような魔法が知りたいのです。
 もしも空を自由に飛び回れたら、私はこんな世界を抜け出して、みんなが笑顔の魔法にかかった世界へ行こう。
「だけど、そんなのは難しいよね」
 次の課題はどれにしよう?
 せっかくだから、もっとお姫様が活躍するような新しい魔法をやってみよう。
 それならどれがいいだろう?
 私は魔法の本をめくりながら、ゆっくり言葉を読んでいきます。
「うん、これならきっとうまくいきそう!」
 魔法をしっかり覚えたら、あとは練習あるのみ。私は金色コインを手にとって、くるくる指で踊らせる。
 月明かりを反射する姿はきっと素敵な舞踏会。
 金色のお転婆お姫様と今宵踊るのはどこの王子になるのだろう?
 ピンッと大空を舞うお姫様。それを掴んだ私の手には、お花の代わりに鉛筆一つ。
「うん、大丈夫」
 次の舞台に上がる時は、お姫様が大変身。
 きっと私は、マホウショウジョ。
 変身魔法もお手のもの。

 今日も私は、マホウショウジョ。
 たっぷり練習した新しい魔法。そのお披露目は桜の舞い散るこの広場。学園都市のお花見会場も子供たちには大事な遊び場なのです。
 夕暮れ時のこの広場には、大人も子供もたくさん集まっています。
 いつもは私が見えない大人のひとも、今日はお酒の魔法にかかっていて、少しだけ私が見えるみたいです。
 桜の花びらと同じ桃色の魔法服が広場に凛と咲き誇ります。その一輪に魅せられて、子供の輪が一つ、二つ。その後ろに大人の輪も一つ。
 あっという間にお花が咲き広がっていきます。
 その中心で、私はペコリと頭を下げます。
 顔を上げると、あらあら不思議。
 落としてしまった帽子の中は、今日も飴玉でいっぱいです。
 子供たちにおすそ分けしたら、いよいよ魔法をかけていきます。
「それでは、不思議な不思議な魔法の始まりです」
 落としてしまった帽子にマントを被せて指を鳴らしたなら、あれあれ不思議。飴玉はどこかに消えてしまいました。もう一度マントを被せて指を鳴らすと、今度は大きなボールに変わります。
 今日の主役はお転婆お姫様。だからこの間とはかける魔法の順番も少しだけ違うのです。
 くるくる空を舞うボール達に、桜吹雪がはらはらとかかっていきます。
 赤、青、緑、黄色のボール。ピンクの桜が舞い散って、私の手から虹が伸びていきます。
「きれ〜い」
 誰かの声が合わさって、私の魔法がもっときれいに輝いていきます。
 どこかの誰かから拍手の音。
 波のように広がって、心地良い雨音のように鳴り響きます。
 雨上がりに残った私の手の虹は、もっともっときれいに回っています。
 そして虹の伸びた大舞台に、今日の主役が颯爽と登場。
 いつもはお転婆お姫様。今日は少し緊張気味かな?
 私もハラハラ、マホウショウジョ。
 指の間を駆け抜けて、今日も姫様どこへ行く? 右手の舞台じゃ狭すぎる、そんな強がった顔をして、今度は左手に飛んでいきます。
 くるくる、くるくる。桜と躍るお姫様。
 たとえ満開に咲いていようとも、舞台の主役はこの私。
 ついに辿りついた舞台の親指トランポリン。いつもより少し高くお姫様が飛び出します。
 ピンッ!
 大きく空へ舞い上がるお姫様。
 風を切る音を立てて、勇敢にでも美しく、お姫様は飛んでいきます。
 だけど、本当は少しさみしがり屋のお姫様。いつもは強がっているけれど、太陽の光を反射して、どこでも私に自分の居場所を教えてくれます。
 けれども、今日は空は一面花吹雪。さっきはきれいな桜の花が今はお姫様を隠します。
「お姫様、どこ?」
 隠れてしまったお姫様。どこにも姿が見えません。
 頑張れ、私は、マホウショウジョ。
 自分の魔法の力を信じて、私は空へ手を伸ばします。
「あ」
 確かに当たったその感触。だけど、お姫様は私の手には戻ってくれません。視線を移ろわせてみるけれど、金色の光は見えません。
 今の私は、マホウショウジョ。
 魔法は途中でやめられません。しっかり掴んだ振りをして、片手に隠したバラの花。さっと舞台に咲かせます。
 巻き起こる拍手、たくさんの笑顔。今日もばっちり大成功。
 魔法がきちんと終わったら、姿を隠すのが魔法少女。
 だから、お姫様待っていて。きっと必ず探しに行くから。私は寮へと急ぎます。
 今日はいつもより嫌いな桜並木。花びらがあんなにいなければ、きっとお姫様はいなくならなかったのに。
 寮に帰った私は、すぐさま着替えてUターン。
 お姫様を探しに行きます。
 もうすぐ太陽が落ちてしまう。そうしたら寂しがり屋のお姫様が、私にサインを送れなくなる。
 走って走ってやっと着いた桜の広場。子供の姿はないけれど、まだまだ大人はたくさん残っています。
 太陽が落ちてもこれだけ光があれば、きっとお姫様は私にサインが出せるはず。
 キョロキョロと人と人の間を下を向きながら歩いていきます。
 舞台から降ろされてしまったお姫様は、独りぼっちで泣いているかもしれません。寒さに震えながら、誰も私を見てくれない、と今にも不安が溢れそうになっているかもしれません。
 大丈夫、私は、マホウショウジョ。
 必ずあなたを見つけ出す。
 あの日、泣いていた私を見つけてくれたお師匠様。真っ直ぐ私を見て、微笑んでくれた魔法使い。
 だから私も諦めない。心のどこかで泣いている私から目を逸らさない。
 たくさんあった大人の光も一つ、また一つと消えていきます。
 桜を彩る明かりでは、儚すぎてお姫様はサインが出せません。星と月は明るく輝いているけれど、目を凝らしても何も見えてはこないのです。
「お師匠様のコイン……」
 あの日苦くてあったかいコーヒーと一緒に、お師匠様が私にくれたお姫様のコイン。
「お前が頑張れる自信がつかない間は、この子がお前の代わりに舞台に上がる。お前の手にひらの上で、きっとお前を支えてくれる」
 そう言ってくれたのは、お師匠様。