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神坂 理樹人
神坂 理樹人
novelistID. 34601
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その娘、マホウショウジョ。

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 あなたは魔法使いを知っていますか?
 ゲームで? マンガで? 小説で?
 いえいえ、そうじゃありません。現実にだって、魔法使いはいるのです。
 そんなのどこにいるんだって? それは誰も知らないのです。
 人知れず、どこかで誰かに幸せを配っているのです。
 そんな私は、マホウショウジョ。
 今日も誰かに、笑顔を届けに行くのです。

 放課後のチャイムはお勉強の終わり。そして魔法少女登場の合図。
 カバンに教科書を詰め込んで、誰よりも早く教室を飛び出します。
 私は階段を駆け下りて、学園都市の真ん中を駆け抜けていくのです。
 桜並木の道にはピンクの花びらが雨のよう。
 その一枚が私にかかるたび、私の心は高鳴っていく。
 坂道を下って、寮の階段を昇ったら、私の部屋へと飛び込みます。
 そこで変身、マホウショウジョ。
 古着を縫い合わせた魔法服。カーテンだったマント。手作りの魔法帽子は先がへたりと曲がっているけど、私の大切な相棒です。手に取る魔法のステッキはいつか誰かに貰ったもの。これがなければ魔法少女とは言えないのです。
 ついさっき通った道のりを、今度は魔法少女が駆けていきます。階段ですれ違った人も私に気付きません。
 だって私は、マホウショウジョ。
 正体は誰にもわからないのです。
 魔法のほうきはありません。瞬間移動もできません。私はまだまだ未熟だから、誰かを笑顔にすることしかできないのです。
 魔法少女が現れるのは、どこかの公園。私に気付いた子供たちが、一人二人と寄ってきます。
「魔法使いのお姉ちゃんだ〜」
「今日はどんな魔法を見せてくれるの?」
 心のきれいな子供には、私の姿が見えるのです。
 三人、四人、五人、六人。
 あっという間に子供の大輪が咲きました。
 今日も私は、マホウショウジョ。
 さぁ、奇跡の魔法の始まりです。
「それじゃあ、まずはみんなにおやつを配りましょう」
 紳士のように帽子をとってごあいさつ。その帽子の中を子供たちに見せてあげます。
「空っぽだ〜」
 その通り。真っ黒な帽子の中はさっきまで私の頭が入っていたから、今はもう空っぽでどこか寂しそうなのです。
「でも大丈夫」
 魔法のステッキを振るったら、その場でくるりと一回転。ひょいと帽子を覗いたら、中には飴が詰まってる。
「お姉ちゃんすごーい!」
 パチパチと鳴り響く小さな拍手は、ちょっと照れ臭いけど。みんなの笑顔が私の力。
 まだまだ私は、マホウショウジョ。
 奇跡はもっと続きます。
 取り出したのは不思議なコイン。
 日本の硬貨じゃありません。
 きれいなお姫様の横顔が映った、魔法の金色コインなのです。
 お姫様はお転婆だから、どんなに閉じ込めても、すぐにどこかへ消えてしまいます。ほら、ぎゅっと手を握っても、開くとそこには誰もいない。
「あれ、お姫様がいなくなっちゃった!」
 私は一生懸命探します。
 ステッキに願いを込めて天にのばせば、うんうん、なんだか見えてきた。
「ねぇねぇ、君のポッケには何がある?」
 その子はポッケを探ります。
「あ」
 そうしたら、出てきた出てきたお姫様。ちょっと悔しそうな横顔で、私のもとに帰ってきます。
 どこに逃げても隠れても、魔法少女にはお見通しなのです。
「さぁさぁ、おかえりお姫様」
 今度は怒ったお姫様。私の手の中で暴れます。
 手のひらから指の間を駆け巡って、今度は左手に飛び移ります。
 蠢く指の荒波を、踊るように抜けていきます。
 そして辿り着いたのは、親指のトランポリン。ピンッときれいな音を上げて、空にキラキラ舞い上がります。
 私が掴んだお姫様。またどこかへ逃げてしまいました。
 ゆっくり開いた手の中には、どこにもお姫様はいません。
 だけど私は、マホウショウジョ。
 指をパチンと鳴らしたら、地面に置いたステッキの下。お姫様はここにいた。
「み〜つけた」
 太陽を反射して、きらりと光るコインが一枚。魔法の力で吸い寄せられたお姫様を私はしっかり掴みます。
 今日の出番はもうおしまい。お姫様は忙しいのです。
「それでは、最後はこんな魔法」
 私のポケットからボールが一つ、今度は帽子から一つ、いつの間にか足下に一つ。
「あ、あれは!」
 そう私が指差した先、空の上から何か来る。パシリと掴んだそのものは、果たしてやっぱりボールが一つ。
 四つ揃ったカラフルなボール。一つ一つを拾ったら、赤、青、緑に最後は黄色。順番に空へと上がっていきます。
 右手から左手。左手から右手。
 自由に飛び回る四つの魔法。子供たちの目が釘付けです。
 くるくると私の手の中で踊るボールは、時々重なって色を変えていきます。今のあなたには、何色に見えているでしょうか?
 私からはキラキラとした瞳に映って、とても輝いて見えています。
 四つしっかり掴んだら、子供たちにペコリとおじぎ。
 これでおしまい、マホウショウジョ。
 まだまだ未熟な私には、このくらいしかできません。
 だけど幸せそうな子供たちの笑顔。私に大きな力をくれます。
「お姉ちゃん、バイバ〜イ」
「バイバ〜イ」
 お別れしたら、私はお家に帰ります。
 魔法少女だって女の子。お腹も空いてしまうのです。

 寮に帰ってきた私、部屋の前で誰かが手を振っています。
 子供たちにしか見えない私。でもこの人だけは特別なのです。
「おかえり」
「ただいま」
 これは私のお師匠様。私に魔法を教えてくれる、とっても偉くて凄い人なのです。
 ボサボサにはねた髪型も、よれよれのジーンズ姿も、ちょっと嫌いな煙草の匂いも。きっと魔法使いだと悟られないために、お師匠様が使っている魔法のせい。
 だって魔法を使う時のお師匠様は、まるで星たちをその身に纏ったようにキラキラと輝いて、私を幸せにしてくれた。
「今日はどこに行って来たんだ?」
「今日は少し遠い公園に」
 鍵を開けて、部屋の中。散らかった部屋に脱ぎ捨てた制服を片付けて、お師匠様を招き入れます。
「いや、遠慮するよ。これからまた仕事があるんでね」
 お師匠様は立派な魔法使い。私と違ってたくさんの人の前で魔法を使わなくてはいけません。そのためには準備もたくさん必要なのです。
「コインロール、今日はとってもうまくできたんです」
「そうか、そろそろ新しい魔法を教えてやらないとな」
「はいっ!」
 だけどそれはまた今度。今日はお師匠様も忙しいのです。
「それじゃ、また時間があったら来るよ」
「お願いします」
 去っていく姿には心惹かれるけれど、お引き留めはできません。
 未熟な私も、マホウショウジョ。
 強くならなければいけないのです。
 しわくちゃの魔法服を脱いで着替えれば、あっという間に私は普通のオンナンコ。学園都市の片隅の、寮に住んでる中学生。
「まだ食堂に行くには早いなぁ」
 お腹が減っているのはきっといっぱい走ったから。ホントにほうきで飛べたなら、こんなこともないのかもしれない。
 独りぼっちのこの部屋では、誰の笑顔も私の瞳には映らない。
 だから私はコインのお姫様を手の中に入れて、くるくる、くるくる魔法の練習。
 そうすれば金のコインに反射して、子供の笑顔が映る気がするから。