僕の村は釣り日和6~和みの川
笹熊川の水源である笹熊山はブナやナラの原生林で覆われている。ブナやナラの根は水を溜める力があり、それが安定した水量につながっていると父親から聞かされたことがある。都会周辺の山林では、杉などの植林により、鉄砲水が起こることも度々あるそうだ。杉は木材としては良い材料だが、根は水を溜める力がないのだとか。
「よし。じゃあ、ここから釣り始めよう」
高田君が元気良く、自転車に戻った。僕たちも後を追う。
僕は東海林君にシルファーのSGS60Sとカーディナル33を渡した。
「サンキュー。あこがれのロッドとリールを使うことができて嬉しいよ。お前のお父さんには本当に感謝だな」
さっそくリールをセットした東海林君が竿を振った。それは風を切り、ヒュッという心地よい音を立てた。
「おいおい、ここでブラックバスを釣るつもりか?」
ルアーの道具を見た高田君が慌てたように叫んだ。
「まさか。これでイワナやヤマメを狙うのさ」
東海林さんが笑って答える。
「ルアーでイワナやヤマメを?」
僕がルアーボックスを開いて見せた。高田君は興味津々でそれをのぞき込む。
「よく笹熊川でルアーを投げているやつを見かけるけど、本当にこんなので釣れるのかよ?」
「俺のお父さんは実際に釣っているよ」
「信じられねえな」
東海林君の手がミノーに伸びた。いつかブラックバスを釣ったラピッドというルアーだ。
「俺が証明してやるよ」
そう言うと、東海林君は素早く糸をルアーに結んだ。そして、川原へと降りていく。
高田君も僕も釣り支度に取り掛かった。高田君は餌釣りだ。どうやら餌はふんぱつしてイクラを用意したらしい。ふだん餌釣りをする人たちは、よく石の裏をひっくりかえして、カゲロウの幼虫であるカワムシを採ったりしている。
「なんだ、桑原もルアーか?」
高田君があきれたように言った。
「うん。ちょっと試してみようと思ってね」
僕は少し照れ臭そうに言った。そして糸の先にスプーンを結ぶ。スプーンはその名のとおり、さじの形のようにくぼんでいる。それが水中でヒラヒラと舞い、魚を誘惑するのだ。これで僕は、マス釣り場で一度だけ釣ったことがある。「釣った」と言うより、偶然「釣れた」と言った方が正しいかもしれない。それでも、このスプーンを信じたかった。
作品名:僕の村は釣り日和6~和みの川 作家名:栗原 峰幸