僕の村は釣り日和6~和みの川
僕は深呼吸を一回すると、食卓へと向かった。
八幡様の前では、既に東海林君も高田君も集合していた。二人は何やら語り合いながら洗っている。そんな二人を見て、僕はホッと胸をなでおろした。
東海林君はウエーダー(腰までの長靴)を履いている。一方、高田君はアユ釣り用のタイツを履いていた。
「君たち、そんな格好で自転車、こげるのかい?」
「なせばなる、だぜ」
高田君が豪快に笑った。
僕はといえば、短パンにウェーディングシューズと身軽だ。まだ九月といえば残暑が厳しい。この格好が夏の渓流釣りには向いていると自分では思っている。もっとも、蚊やヤマビルなど、吸血虫の類を気にしなければの話だが。
「それじゃ、行こうぜ」
高田君の掛け声で僕たちは、笹熊川の上流を目指して自転車をこぎだした。
勾配の急な林道を普通の自転車でガタガタと走るのだ。前を走る東海林君も高田君もブレて見える。
「ここらで休憩しようよ」
「なんだ、もうネを上げたのか?」
高田君が笑いながら振り返った。僕は自転車を降り、道端に腰掛けた。すぐ下を笹熊川が流れている。
僕は乱れた息を整えるように深呼吸をした。その時、目に入ったのは、山の木々だった。新緑のころは青々としていた葉が、少し色あせて見える。もう少し秋が深まれば綺麗な紅葉が見られるのだろう。
「この辺でも釣れるんじゃないか?」
東海林君が言った。
「そうだな。俺も上流が穴場だって聞いただけで、どの辺とはくわしくは知らねえんだ」
高田君が水面を覗き込んだ。東海林君も僕も後に続く。
笹熊川の流れは太く、水の量も豊かだった。段々になった流れは瀬と淵を交互に作り出し、生命の気配を伝えてくれる。ところによっては、釜のような淵で水が巻き返し、かと思えば、魚さえも留まることができそうにないくらいの急流もある。下流の穏やかな渓相とは違って、自然の牙を剥き出しにした流れがそこにあった。
「ずいぶんと水の量が多いな」
東海林君がつぶやいた。その声もゴウゴウと流れる川の音にかき消されてしまいそうだった。
「この川は豊かだからな。だから魚がいるのよ」
高田君が故郷を自慢するように言った。
作品名:僕の村は釣り日和6~和みの川 作家名:栗原 峰幸