「夢の続き」 第十四章 岡山
第十四章 岡山
秀和と美佐子との間に貴史が生まれた日、千鶴子は産声を上げる赤ん坊を見て自分の時のことを思い出した。
戦争が始まった年に生まれた秀和は疎開先で周りから優しく見守られながら成長していった。夫の真一郎が亡くなったその夜
秀和は突然目を覚まし泣き出した。夫の死で気落ちしていた自分を奮い立たせるような大きな泣き声だった。
今思うと、あの世に旅立った真一郎が自分に「しっかりしろ!秀和が居るじゃないか」と知らせてゆくように泣かせたと思える。
孫の貴史の鳴き声はその時の千鶴子の記憶を甦らせていた。
涙が止まらなかった。秀和も美佐子も、来ていた修司も由美もそして恭子も驚いたように千鶴子を見ていた。
「おばあちゃん・・・」貴史は目を見つめて、そして優しく頬を伝う涙をハンカチで拭ってやった。
「貴史・・・優しいね、ゴメンなさいね。年甲斐もなく泣いてしまって・・・おじいさんのことを思い出してしまったの。秀和が生まれたときのことをね。
あなたが見るたびに夫に似てくるから嬉しいような辛いような気持ちに駆られるの。洋子さん、絶対に貴史と幸せになってね」
「千鶴子さん、ありがとうございます。母に教えてもらいながらしっかりと成長して立派な子供を生みたいと思います。私にいろんなことを
教えてください。お願いします」
洋子は千鶴子にそう言った。
「洋子ちゃん!偉いね。感心した。修司さんと由美さんが本当に大切に育てられていることが解ったよ。貴史も至らないところがあるけど
あなたのことを心から信頼して大切にしているようだから、ずっと仲良くしてください。父親の私から頼みます」
秀和はそう言って頭を下げた。
「おじさま・・・そんなことしないで下さい。洋子は不束者ですが貴史さんに嫌われないようについて行きます」
「ありがとう。お母さん、良かったね。安心しただろう?」
「秀和、美佐子さん、貴史を生んでくれて本当にありがとう・・・恵子も今は居ないけど生んでくれてありがとう。新しく付き合いが始まる
佐々木さんにもお礼を言わなきゃね。長生きしてみんなと楽しく人生を過ごしたいって思うようになれたよ」
千鶴子の言葉に秀和も美佐子も修司も由美も家族の幸せを強く感じられた。
片山家からの帰り、4人は久しぶりに外食をしようとレストランへ立ち寄った。
「貴史、千鶴子さんはずっと一人で秀和さんを育ててこられたんだよね?」
「そうだよ」
「大変だったろうな・・・あの時代だったから」
「お母さんだって洋子を一人で育てたし、お父さんだって恭子を育ててきた。みんな一緒だよ。こうして家族になれることは約束されて
いたんだよ、きっと。俺はそう思いたい」
「前向きに考えるなあ、キミは。ご両親の育て方に感心するよ。なあ、由美」
「ええ、そうね。洋子の幼馴染で本当に良かったわ。こんな縁になるだなんて考えても見なかった。広島へ私が洋子に着いて行くと言わなかったら
あなたとは他人だったのよね。そう思うとちょっと前向きに考えた自分が嬉しく思えるの」
「そうだったのかい。貴史が戦争に関心が無かったら父親と話すことも無かっただろうからこんな縁にはなってなかっただろうね」
「ねえ?お父さんはお母さんのどこに魅かれたの?」
「急になんだい?そんな話題を振って」
「言いたくない?お母さんはどうなの?同じ質問」
「恭子には話したけど、修司さんが恭子さんをしっかりと育てられたところね。男親としてなかなか出来ないことなのよ」
「そういう見方をしたんだ・・・お父さんは?」
「ボクは・・・きれいな人だったから気になっていた。貴史が誘ってくれてなくても話すつもりだったよ、ホテルでね」
「言うね、そうだよね、やっぱり男だ」
「洋子ともそうだったのだろう?」
「俺たちは特別なんだ。仲が良すぎて解らずに来たことがあったけど、やっぱり運命って感じる。洋子が綺麗かどうかなんて
決め手じゃない。自分にはかけがえの無い存在だったからきっと容姿に関係なく好きになっていただろうね」
「なるほど。特別の関係か・・・」
季節は移って平成元年の年も終わろうとしていた。
貴史は大学受験の前に千鶴子への答えを作文にしておこうと正月に岡山の勇介を訪ねる事にした。
修司はもちろん実家に家族で行く予定にしていたから貴史を連れてゆくことに異存は無かった。
混雑していた新幹線は新岡山に着いた。ホームに勇介は迎えに来ていた。
「貴史くん!よく来たな」
「勇介さん、お世話になります〜」
「キミは孫と同じだから気にせんでいいよ。おばあさんも楽しみにしとるからさあ行こうか」
タクシー二台に分かれて修司たちは勇介の家に向かった。
「いいところですね、東京と違って空気もいいし。食べ物も美味しそうだなあ」
貴史がそう言うと、にこっと笑って勇介は返事した。
「どうじゃい?洋子さんとこっちに来ないか?」
「えっ?洋子と」
「そうじゃ、住むところはあるし、経済的なことは心配せんでええぞ。大学は決めたんか?」
「ええ、一応私学は決めました」
「国立は受けないのか?」
「難しいですからね」
「岡山大学はどうじゃ?入れるじゃろう」
「どうでしょ・・・考えたことないですから」
「考えてくれんか?修司にはわしから説得するで」
「そんな事急に言われても・・・洋子はどう思う?」
隣で聞いていた洋子は貴史の顔をじっと見て口を開いた。
「私は進学する気が無いから貴史に着いて行くよ。ずっと一緒に暮らしたい・・・」
「おいおい、18だろうお前。もうそんな風に思っているのか?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど・・・遊びたいって思わないのか?」
「何をして?誰と?」
「変だぞ、洋子。結婚したいってもう考えているのか?」
「貴史の赤ちゃんが早く欲しいの・・・この前千鶴子おばあちゃんと話していて強くそう思ったの」
「これから大学に行くんだぞ。無理だろう子供なんて」
「私は行かないから育てられるよ」
「一人でなんかうまく育てられないよ。そんな子育てって簡単じゃないぞ」
「解ってるわよ!でも、女はきっと頑張れるの」
勇介は現実的な話に変わってきて気を良くしたのか、念を押すように話した。
「洋子さん、そうじゃぞ。女は子育てこそ生きがいになるから頑張れるんじゃ。うちのおばあさんも手伝うから安心しなさい。
貴史くん、子育ては田舎のほうがええぞ。あんたの父親もそうだったように、小さい頃はのびのびと暮らせるからの」
「勇介さん・・・考えさせて下さい」
「今晩にも息子に頼んでみるかのう」
「俺の父親は修司さんじゃないですよ」
「同じようなもんじゃ、ハハハ・・・」
「むちゃくちゃですね、ハハハ・・・」
新岡山駅からそう遠くない距離に勇介の自宅はあった。先祖代々続く旧家は改築を重ね綺麗になってはいたが
中に入ると土間や囲炉裏がある昔風そのままになっていた。
「へえ〜なんか日本の家って言う感じですね」
「そうじゃろ貴史くん、あんたのおじいちゃんが子供の頃暮らした時から続く家じゃからのう」
「大正時代って言うことですか?」
「建てられたのは明治じゃ。先々代が大きくして今のような門構えになったのは昭和の初めだと聞いている。
秀和と美佐子との間に貴史が生まれた日、千鶴子は産声を上げる赤ん坊を見て自分の時のことを思い出した。
戦争が始まった年に生まれた秀和は疎開先で周りから優しく見守られながら成長していった。夫の真一郎が亡くなったその夜
秀和は突然目を覚まし泣き出した。夫の死で気落ちしていた自分を奮い立たせるような大きな泣き声だった。
今思うと、あの世に旅立った真一郎が自分に「しっかりしろ!秀和が居るじゃないか」と知らせてゆくように泣かせたと思える。
孫の貴史の鳴き声はその時の千鶴子の記憶を甦らせていた。
涙が止まらなかった。秀和も美佐子も、来ていた修司も由美もそして恭子も驚いたように千鶴子を見ていた。
「おばあちゃん・・・」貴史は目を見つめて、そして優しく頬を伝う涙をハンカチで拭ってやった。
「貴史・・・優しいね、ゴメンなさいね。年甲斐もなく泣いてしまって・・・おじいさんのことを思い出してしまったの。秀和が生まれたときのことをね。
あなたが見るたびに夫に似てくるから嬉しいような辛いような気持ちに駆られるの。洋子さん、絶対に貴史と幸せになってね」
「千鶴子さん、ありがとうございます。母に教えてもらいながらしっかりと成長して立派な子供を生みたいと思います。私にいろんなことを
教えてください。お願いします」
洋子は千鶴子にそう言った。
「洋子ちゃん!偉いね。感心した。修司さんと由美さんが本当に大切に育てられていることが解ったよ。貴史も至らないところがあるけど
あなたのことを心から信頼して大切にしているようだから、ずっと仲良くしてください。父親の私から頼みます」
秀和はそう言って頭を下げた。
「おじさま・・・そんなことしないで下さい。洋子は不束者ですが貴史さんに嫌われないようについて行きます」
「ありがとう。お母さん、良かったね。安心しただろう?」
「秀和、美佐子さん、貴史を生んでくれて本当にありがとう・・・恵子も今は居ないけど生んでくれてありがとう。新しく付き合いが始まる
佐々木さんにもお礼を言わなきゃね。長生きしてみんなと楽しく人生を過ごしたいって思うようになれたよ」
千鶴子の言葉に秀和も美佐子も修司も由美も家族の幸せを強く感じられた。
片山家からの帰り、4人は久しぶりに外食をしようとレストランへ立ち寄った。
「貴史、千鶴子さんはずっと一人で秀和さんを育ててこられたんだよね?」
「そうだよ」
「大変だったろうな・・・あの時代だったから」
「お母さんだって洋子を一人で育てたし、お父さんだって恭子を育ててきた。みんな一緒だよ。こうして家族になれることは約束されて
いたんだよ、きっと。俺はそう思いたい」
「前向きに考えるなあ、キミは。ご両親の育て方に感心するよ。なあ、由美」
「ええ、そうね。洋子の幼馴染で本当に良かったわ。こんな縁になるだなんて考えても見なかった。広島へ私が洋子に着いて行くと言わなかったら
あなたとは他人だったのよね。そう思うとちょっと前向きに考えた自分が嬉しく思えるの」
「そうだったのかい。貴史が戦争に関心が無かったら父親と話すことも無かっただろうからこんな縁にはなってなかっただろうね」
「ねえ?お父さんはお母さんのどこに魅かれたの?」
「急になんだい?そんな話題を振って」
「言いたくない?お母さんはどうなの?同じ質問」
「恭子には話したけど、修司さんが恭子さんをしっかりと育てられたところね。男親としてなかなか出来ないことなのよ」
「そういう見方をしたんだ・・・お父さんは?」
「ボクは・・・きれいな人だったから気になっていた。貴史が誘ってくれてなくても話すつもりだったよ、ホテルでね」
「言うね、そうだよね、やっぱり男だ」
「洋子ともそうだったのだろう?」
「俺たちは特別なんだ。仲が良すぎて解らずに来たことがあったけど、やっぱり運命って感じる。洋子が綺麗かどうかなんて
決め手じゃない。自分にはかけがえの無い存在だったからきっと容姿に関係なく好きになっていただろうね」
「なるほど。特別の関係か・・・」
季節は移って平成元年の年も終わろうとしていた。
貴史は大学受験の前に千鶴子への答えを作文にしておこうと正月に岡山の勇介を訪ねる事にした。
修司はもちろん実家に家族で行く予定にしていたから貴史を連れてゆくことに異存は無かった。
混雑していた新幹線は新岡山に着いた。ホームに勇介は迎えに来ていた。
「貴史くん!よく来たな」
「勇介さん、お世話になります〜」
「キミは孫と同じだから気にせんでいいよ。おばあさんも楽しみにしとるからさあ行こうか」
タクシー二台に分かれて修司たちは勇介の家に向かった。
「いいところですね、東京と違って空気もいいし。食べ物も美味しそうだなあ」
貴史がそう言うと、にこっと笑って勇介は返事した。
「どうじゃい?洋子さんとこっちに来ないか?」
「えっ?洋子と」
「そうじゃ、住むところはあるし、経済的なことは心配せんでええぞ。大学は決めたんか?」
「ええ、一応私学は決めました」
「国立は受けないのか?」
「難しいですからね」
「岡山大学はどうじゃ?入れるじゃろう」
「どうでしょ・・・考えたことないですから」
「考えてくれんか?修司にはわしから説得するで」
「そんな事急に言われても・・・洋子はどう思う?」
隣で聞いていた洋子は貴史の顔をじっと見て口を開いた。
「私は進学する気が無いから貴史に着いて行くよ。ずっと一緒に暮らしたい・・・」
「おいおい、18だろうお前。もうそんな風に思っているのか?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど・・・遊びたいって思わないのか?」
「何をして?誰と?」
「変だぞ、洋子。結婚したいってもう考えているのか?」
「貴史の赤ちゃんが早く欲しいの・・・この前千鶴子おばあちゃんと話していて強くそう思ったの」
「これから大学に行くんだぞ。無理だろう子供なんて」
「私は行かないから育てられるよ」
「一人でなんかうまく育てられないよ。そんな子育てって簡単じゃないぞ」
「解ってるわよ!でも、女はきっと頑張れるの」
勇介は現実的な話に変わってきて気を良くしたのか、念を押すように話した。
「洋子さん、そうじゃぞ。女は子育てこそ生きがいになるから頑張れるんじゃ。うちのおばあさんも手伝うから安心しなさい。
貴史くん、子育ては田舎のほうがええぞ。あんたの父親もそうだったように、小さい頃はのびのびと暮らせるからの」
「勇介さん・・・考えさせて下さい」
「今晩にも息子に頼んでみるかのう」
「俺の父親は修司さんじゃないですよ」
「同じようなもんじゃ、ハハハ・・・」
「むちゃくちゃですね、ハハハ・・・」
新岡山駅からそう遠くない距離に勇介の自宅はあった。先祖代々続く旧家は改築を重ね綺麗になってはいたが
中に入ると土間や囲炉裏がある昔風そのままになっていた。
「へえ〜なんか日本の家って言う感じですね」
「そうじゃろ貴史くん、あんたのおじいちゃんが子供の頃暮らした時から続く家じゃからのう」
「大正時代って言うことですか?」
「建てられたのは明治じゃ。先々代が大きくして今のような門構えになったのは昭和の初めだと聞いている。
作品名:「夢の続き」 第十四章 岡山 作家名:てっしゅう