「姐ご」 10~12
ゴルフ練習場は自宅からあるいて15分余りです。
瓦屋のホームグランドともいえる場所で、
ゴルフ仲間との交流の場でもありました。
この日も多くの常連客が、朝早くから詰めかけていました。
「相変わらずだな・・・どいつもこいつもへたくそが、、」つぶやきながら、
瓦屋がよう、と片手をあげてフロントの前を通過します。
「あらぁ。瓦屋さん、
いつ退院したのさ、びっくりしたぁ~」
「この野郎、幽霊じゃねえぞ。
ほら見ろ、両足ともちゃんとついてらあ。
ただし今のところ、ちっとも言うことは聞かねえがな・・・・
まいったタヌキは目で分かるってな!」
「何言ってんのさバカばっかり、でも元気そうじゃない。
私倒れたって聞いたから、もうてっきり死んだと思ってた。」
と、カウンターの女の子が涙ぐんでいます。
「おっ、なにかい、
なんだよ俺に気があったのか?
もっと早く言ってくれよ。
じゃあ早いとこ、朝の仕事を片付けて、
俺と”いんぐりもんぐり”行ってみるかい?」
「何さ?その・・・
『いんぐりもんぐり』って、」
「男と女のナニに、決まってるだろがぁ、
このカマトトが!」
「この、どスケベッ」
あははと笑いながら、瓦屋が場内を一周します。
練習中の馴染の顔たちが、歩き回る瓦屋を一様にびっくり顔で振り返ります。
近くにいた若い者が、アイアンを片手に飛んできました。
「師匠。
いつ退院したンすか、見てくださいよこれ。
新しく買い換えたのはいいんすが、
どうもしっくりこないんすよ。
教えてください。
どうにもこうにも、上手くいかないんすよ」
一瞬とまどった瓦屋ですが、貸してみろとアイアンを受け取ります。
そのまま打席に立って構えました。
周囲がざわめいて、注目の視線が集まってきました。
確かに病気をする前には、ことゴルフに関してはシングルの腕前が有り
瓦屋ここにありととまで言われたほどの凄腕の有名人でした。
しかし現時点では、脳梗塞からの病み上がりです。
ボールを前にした瓦屋が、じりっとクラブを構えます。
感触を確かめるように2度、3度と軽く素振りをくれてから、
懇親の力を込めてボールを叩きに行きました。
・・・・当たりません。
瞬時に、練習場の空気が凍りつきました。
瓦屋が、再びクラブを構えます
しかし長い間合いばかりが続き、今度はなかなかクラブを振りません。
長い時間がたってから、どっと肩の力を抜いた瓦屋が
アドレスの構えを解くと、若い者にそっと大事にクラブを返しました。
「悪いなぁ、若いの。
どうも今日はあんべぇが悪い・・・・
また今度にしてくれや。」
そういうと瓦屋が、右手のこぶしを強く握りしめて、
ゴルフ練習場を後にしました。
(12)に続く
作品名:「姐ご」 10~12 作家名:落合順平