小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

洋琴奇憚

INDEX|7ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

しばらくももこさんはどんよりしていた。某音楽教室の人々はあけっぴろげな人が多く、特にてまりさんは、ももこさんには脱力だの分散和音だのについていろいろ言ってくれていたけど、聞いていたのかどうか。
その後もかなりどんよりしていて、さすがに心配になって、帰りにお茶をした。
『何だかですね、わたしじゃなくていいんじゃないかって思うんです。レオノーラさんの今日の司会はすっごくさばけてて、アマデウスさんも万事スムーズで心地よかったって。わたしじゃ無理なんです。こないだだって、二周目は早く来た順、ってそうしたら遅刻しなくなりますよね。さすが頭いいななんて思ったけど、そんなの私思いつきませんよ。いしかわさんにはいじめられたし、もう最悪。アラベスク弾けないし。』
せっかくコンサートに人も集まったし、順調なんだから、悲観的なことは考えずにしっかりするように、コンサートの司会は自分でするようにと言ったけれど、でもね、でもね、が延々と続き、レオノーラは暇じゃないので帰りますと撤退した。メールも多いし、つきあいきれない。
連弾練習もいまひとつ乗り気がしないが、このままでは演奏にならない。結局4回にわたり、練習、もとい、レッスンをした。二対三の左右不均等ができないので、それ用の練習曲をみつけて渡した。こうやって弾くの、と、二対三の練習をしてみせたら、なんと、うわーん、といって涙目になり、耳をふさがれた。こども?
ほんとうに連弾二曲やるつもりなのだろうか。はっきりいって、小舟でこんなに時間をとられるとは全く想定していなかったけど、アラベスクの難航から予想すべきだったのかもしれない。どうしてラヴェルの連弾なんて持ってきたのだろう、このひと。今のペースでは無理。しかも、いつも爪が伸びていて、バッグの中がぐしゃぐしゃです。
『今日のアラベスク、どうだったかだれも言ってくれません。頑張って練習してるのに全然上手になりません。先生はいつもレッスンの予定を変えてくるし、フランス組曲を途中で投げ出して、これ弾きますって言ったときからおかしいんです。わたしピアノ首になるのかしら。』
『きょうも職場の先輩にいじめられたんです。そろそろこの手続きも覚えてね、とかいって。』
『ブリッジさんはぜんぜん連絡くれないんですよ。レオノーラさんのメールには返事をするのに。』
『銀行のときの先輩とランチに行ったんです。そしたら、離婚したのいつ?て、って聞かれました。早く私も素敵なダーリンを見つけて、グランドピアノでお茶会するんですよ。』
『司会はわたしやっぱりできないですよ。淡々とやればいいんですか。』
『合唱の友達とか、なんだかよそよそしくて、コンサートやるって言ってもあんまり反応がないんです。出る杭は打たれるっていうけど、本当ですね。』
『ショパン王子だって、もうちょっとでどうにかなったと思うのに、邪魔されたのがいけないの。』
『ヴァルトさんも冷たいです。なんかいいな?って思ったのに。』
『わたし別にコンカツのためにピアノ弾いてませんから』
いつも後ろ向き。杭は出てないし。コンカツのせいでトラぶってるでしょ。しかもそのコンカツ話は延々とつづくし。いわゆる言葉のサラダのようだ。全部人のせい。それに、乾電池がついているその携帯は一体何?メールの数が多いことでもかなり困った。思いついたことをメールしてしまうのか、何通も立て続けに来ることがあったり、夜遅かったり。さすがに返事はあまりできなかったけど。ほかにやることないのか。
いつも、誰もBBSに書き込みしない、とか、メールしたのに返事がない、とかそんなことばかり言っている。BBSには妙な書き込みをして、あら?っと思って暫くあとで見ると消してあったりと不安定要素多数。
九月の半ば、夏休みをとったので、しばらくももこさんとも連絡を取らなかった。そんなことよりちゃんと練習しておいてほしかった。
九月の末、八月の会場が気に入ったおおたきさんが、仲の良い数人で弾きあい会をしたいと言ってきた。5名ぐらい集まっただろうか。この日の会場予約も、ももこさんがやってくれたのだけれど、スタジオの調律師とひと悶着。会の前に連弾の練習をすることにして、都合5時間借り、後半3時間は弾きあい会ということにしたので、領収書を分けて書いてほしいと言ったのだそうだ。そうしたら、調律師のほうでは、違うメンバーが来るのだと思ったらしく、1日に1グループと伝えたはずだと言う。前日までやりとりをしていて、ついに調律師には<あなた管理人なんて向いてないんじゃないですか>と言われたと、ももこさんは目の下にクマを作って遅刻して登場した。
領収書を分けてほしいなんて面倒なことをなぜ言ったのだろう。内輪の会なのに。
この日も、ももこさんいわく、アラベスクは最悪だったらしい。
どうでした?と何度も聞いてきた。
おおたきさんにもどうでした?と何度も聞いていた。

十月になるとリハーサルがあった。
リハーサルの時にはチラシを配りましょうということになって、ももこさんは試しにつくったというチラシをメールで送ってきた。ワードで、エッフェル塔の小さいGIFイラストが張り付けてあった。いつも練習会のプログラムでみかけるイラストだ。画像関係は得意じゃないらしい。さすがにGIFは解像度低く、印刷に堪えないものだったので、ポスター用テンプレを使って、簡単なA3まで拡大できるフライヤー見本を作って送ってみると、パワポもパブリッシャーも使えないと。仕方ないのでまたワードにして送りなおした。それに、チケットがほしいという意見があったから、いつも使っているチケットソフトで作っておいた。
ももこさんは、一生懸命サークルをやろうとしているのはよくわかるのだけど。
なんだかどうも間に合っていないというか、身の丈にあっていないというか。事務的なことも技術が足りない。
リハの日にはある程度の進行を決めてね、とずっと言っていたのだけど。
『まだ曲が決まらない人がいます』
とりあえず、仮の時間設定でいいんですけど。
結局、リハ当日の朝になって、順番だけ記載したプログラムが送られてきた。あわてて、タイムテーブルを作り、会場見取図もコピーして持参した。
この日は、ももこさんはまたも遅刻で、目の下大きなクマで登場した。持ってきていたのは普通に曲目を並べたプログラムだけ。仕方ないので、持参した配布資料を皆に配り、分担の希望を確認した。皆さん協力的だった。
この日はコンサートに出られないけどちょっと練習したいメンバーが来てくれたり、皆二回ぐらい弾けて、それにみなさんすごく練習されていて、プレッシャーが大きくなった。ひらめさんがなんとも鋭いことを言ってのけて、ちょっとどきどきしたけど。
<みなさん、どのくらい本気なんですか、このコンサート。>
挙げ区に二次会で、連弾の話をしていたときに、おとなしいくららちゃんに激しい性格同士の連弾もいいかも、と言われていて、つまり自由人エレナちゃんとどうですかということだったのだが、激しい性格ってなに??とすごい反応をしていた。自分のキレキャラを知らないか。

次の日から出張の準備で多忙を極めていたところに、立て続けにメールが来た。
作品名:洋琴奇憚 作家名:夕顔