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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode01『ある少年の告白』

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 別に落ち込んでいるわけではなかったが、葛城の心遣いに今は感謝するべきなのだろう。一弥は気を取り直すように「あぁ」と頷いた。


 一弥がマンションに帰ってきた頃には時刻は六時を過ぎていた。
 玄関に入ると姉、柚羽のヒールが乱暴に脱ぎ捨ててあった。一弥はやれやれと肩を竦めて、揃えて端に寄せた。リビングに辿り着くまでにバッグ、ストッキング、上着と拾っていくのも、すでに習慣づいている。
 ソファーにシャツのままで無防備に眠る姉の姿はまるで大人の女性という皮を被った子供のようだった。
「起きろ、アネキ。風邪ひくぞ」
「う〜ん。……起こして、いっちゃん」
「甘えない」
 腕を伸ばす柚羽を一弥はスルーして、手に持った姉の衣服をソファーの上に置く。
「ケチ」
 柚羽はだるそうに体を起こし、テーブルの上に置いてあった生ぬるいビールを口にした。即座に「まずっ」と反応が返ってくる。
「いっちゃん、ビール」
「冷蔵庫にあったの全部飲んだだろ。冷たいのはないよ。しばらくしたらメシ作るからそれまでビールは我慢してくれ」
「むむう…しゃーない、テレビでも見てるか」
 名残惜しそうにそう言って、柚羽はリモコンを操作し始める。
 これじゃあ、どっちが年上なんだか。と一弥は思う。会社では若いながらもプロジェクトを任されているリーダーの姿とはとても思えないだらしなさっぷりだ。だが、仕事で相当溜まっているだろう疲れを考えると同情してしまい、厳しいことは言いにくかった。
 久しぶりに二人で囲む夕食。メニューは柚羽の仕事の愚痴をおかずにタラコスパゲッティという風変わりな組み合わせだ。会話の内容はとにかくやはり一人で食べるご飯より、誰かがいるご飯の方がおいしく感じる。柚羽も久しぶりに家で二人で食事ができることが嬉しかったのか、終始ご機嫌な様子だった。
 後片付けを終えて部屋に戻った途端、一日の疲れがどっと襲ってきて一弥はたまらずベッドに倒れ込んだ。
「はぁ…」
 ぼうっと天井を見上げていると、ゲーセンでの出来事が頭に浮かび、一弥は「どうして」と顔を顰めた。
 無心になりたいのに、どうしても考えてしまう。良かったことならともかく、嫌なことを思い出す必要はないのに…。
「あー、もう。ダメだ」
 一弥は、なんでもいいので気を紛らわせたくて、パソコンの電源をつけにベッドを下りた。
「…ん?」
 ふと机の上に放って置いた携帯電話のLEDが点滅していることに気がついた。メールの着信だ。一弥は携帯電話を開いて、メールのアイコンをクリックした。
 アドレスに覚えはなかった。不審に思いつつ、メールを開くと短い文章でこう綴られていた。

『箕雲桐生を覚えているか?』

「―ッ!!」
 携帯を持つ手が大きく震えた。鼓動は一気に早まり、まるで部屋中に響きそうな音を立てる。一弥は手で心臓の辺りを押さえつけるが、落ち着くどころか激しくなるばかりだった。
「…なんだよ、これ!誰がこんなメールを…。俺は知らない。………俺じゃないッ」
 力任せに投げた携帯電話が床の上を大きく跳ねる。
 箕雲桐生なんて――知らない。知らない。知らない。知ら…な…い。
「うあぁッ」
 脳を貫くような痛みがまた襲ってきた。やがて、一弥は立つことすらできなくなった。頭を抱え、ひたすら、うわごとのように否定の言葉を吐き続けた。痛みが引くことをただただ祈りながら、一弥は『箕雲桐生』という名を、記憶を――頭の中から消そうと必死に足掻いた。