誰が為にケモノ泣く。Episode01『ある少年の告白』
確かに梶と会話をする機会は多い。転校二日目にして、梶は『今年のミスコン候補』という名誉と、『クラスで浮いた存在=変わり者』という両極端な地位を確立しつつあった。ただでさえ見た目で目立つのに、クラスメイトとろくに会話を交わさない非社交性のせいでちょっとした会話をするだけでかなり目立つし、周りは注目する。
誤解されるのも仕方ないか…と一弥は心の中でぼやいた。女の子と仲が良くなるのはそれは嬉しいが、一弥は好意を寄せられるようなことをした覚えはないし、梶にはなんらかの思惑があって自分と接しているのではないか、と薄々感じ始めていた。
駅前の交差点脇という絶好の場所にあるゲームセンター〈ゲームジャンキー〉。
夕方という時間帯もあって店内には学生の姿が多く見られる。店内を流れる流行のポップス、筐体から鳴り響くBGMや効果音。客の発する歓声が乱雑に混じり合って、歪な音を奏でている。ゲームがきっかけで知り合った仲間と合流し、まるで刺激の少ない現実を忘れるかのようにゲームに没頭する。あっという間に一時間が過ぎ去り、そろそろ帰ろうかという雰囲気になったときだった。
葛城がなにかを見つけて足を止めた。
「お、新作入荷されてんじゃん。見ろよ、一弥」
「ん?…ホントだ」
葛城が指さしたのは、CGで描かれた等身大の兵士と〈デッドシューター2nd〉のロゴが描かれたポップだった。最新のガンシューティングオンラインゲームで、全国他店舗のプレイヤーとリアルタイムの対人戦を行える人気のゲームだ。前作は一弥もかなりハマッた口で、過去に全国ランキングで上位に名を連ねたこともある。だが、去年の半ば辺りからぱったりとプレイをやめて久しかった。
新作と聞いて興味を惹かれた一弥だったが、プレイしようという気持ちにはならなかった。しかし、葛城はなぜか乗り気で、
「一弥、久しぶりにオマエの腕前見せてくれよ。せっかく空いているしさ。な、”英雄”」
かつて得た称号で呼ばれる一弥だが、
「俺はいいよ。きっと腕鈍ってるだろうし」
「んなこと言って。そう簡単に腕落ちるわけねえって。お前の実力は確かなんだから。もしかして、金ないとか?」
「あるけどさ…」
「なら遠慮することねえじゃん。遊びに来てるんだぜ。んじゃ、プレイ料金はオレのおごりだ。とりゃッ」
一弥が返事を言う間もなく、葛城は勢いよくコインを投入した。
「はい、戦闘準備開始!」トンと背中を叩かれ、一弥は渋々ガンコントローラに手を伸ばした。
コントローラを握った途端、静電気に触れたときのような瞬間的な痛みを感じた。
――ッ。
痛みに一弥の頬がつる。しかし、葛城たちは一弥の変化には気づかなかった。一弥は、大丈夫だと自分に言い聞かせながら画面を進めた。
このゲームではまず、自身のアバターとなるキャラをメイキングし、戦場に持って行く武装を整える。最後に所属する勢力を選択し、画面は戦場へと切り替わる。一兵士となったプレイヤーは同じ戦場にいる敵兵つまり他プレイヤーを倒すことが目的になる。自軍に仲間がいれば、『作戦』というコマンドを使って、協力を要請することもできる。プレイヤー、フィールドに設置された障害物など、あらゆる手段を使って誰よりも多くの敵兵を倒す。シンプルだが、相手がCPUじゃない分、オフラインゲームのような”慣れ”は通用しない。敵はどこにいるか、どの場所から仕留めるか、など戦略やテクニックも上手に活用しなければ、高戦績はなかなか出せない玄人向けのゲームだ。
「さっそくゲームオーバーになっても知らないからな」
このゲームは、狙撃された部位によっては一撃でゲームオーバーになるシビアな設定だ。
「随分、弱気じゃん。だーいじょうぶだって」
葛城の安心しきった表情に一弥は苦い表情をした。コントローラを持つ手が震えている。
こんなんじゃ敵を見つけても、撃てるかどうか…。
仲間の前で即玉砕するのは正直避けたかった一弥だが、どうやらそれは無理そうだった。
今月の戦場は、崩壊した都市。市街戦だ。戦争の爪痕荒々しい廃墟に一弥のアバターが表示される。同時に画面下部のレーダーに敵を示す赤点が一つ現れた。もちろん相手にも一弥の存在はレーダーに表示されている。しかし、相手がどこにいるのかまではレーダーからでは判断できない。特に市街戦は障害物が多く、隠れる場所はいくらでもある。周囲にはどちらも味方はいない。いったん退くか攻撃するか選択は二つ。アバターの頭上には名前とその実力を示すアイコンが表示されていて、プレイヤーはそのアイコンから相手の強さをある程度判断することができる。本来は、専用ICカードに戦績を記録していくタイプのゲームなので、その戦績がアイコンに反映される仕組みなのだが、一弥は今回カードを介してないので、アイコンには判断不可を示す〈???〉が表示されている。これは初心者が攻撃の集中にさらされない処置の一環であるが、中にはこれを利用して実力を隠すプレイヤーも多い。すべてを初心者と思って侮るとあっさり返り討ちに合うこともあるので、慎重な判断が必要だ。
相手は一弥を初心者と見たのか、はたまた自分の実力を信じているのか、攻撃を選んだようだった。レーダーに表示された赤点が徐々に一弥のアバターへと近づいてくる。
一弥の武装はハンドガン。相手プレイヤーの武装は広範囲をカバーできる近接戦向きのショットガン。一発ごとに装填の必要があるショットガンと違って連射性に優れるハンドガンならば、最初の一発さえ躱せば、十分迎撃可能だ。ショットガンの特性である広範囲をカバーする銃撃は障害物を利用して、回避する。
だが、頭では考えることは出来ても、実際に行動できるかは一弥にも分からなかった。手の震えはまだ止まっていない。自分ではどうすることもできなかった。
――来た!
障害物の多いエリアに誘導した甲斐があり、相手の一撃をなんなく回避。被弾した障害物が吹き飛び、周囲に噴煙をまき散らす。画面がリアルに黄土色に染まる。視界を奪われたのは一弥も、プレイヤーも同じ。しかし、相手はこの状況を予測できていない。相手より先に撃つチャンスはいくらでもあった。
隙だらけの標的に向かって、引き金に指をかける。
その時――
『一弥。オレに関わったこと、後悔しろ』
脳裏に響く声。
その瞬間、一弥の頭の中は真っ白になった。
「あッ…」
次の瞬間、画面上が赤く点滅し『GAME OVER』の文字が表示された。
「うわあー、確実に仕留めるチャンスだったのに!どうしちゃったんだよ、一弥」
葛城の悔しむ声で一弥は我に返った。
「八らしくないミスだな」
仲間が拍子抜けしたように相づちを打つ。
一弥は力なくガンコントローラを戻すと、疲れたように息を吐いた。
「ごめん。金返すよ」
「いや、別に返さなくていいけど…。オレが強引にやらせたようなもんだし」
葛城は気まずそうポリポリと頭を掻くと、
「まぁ、こういうこともあるよな!そうだ、気を取り直してハンバーガーでも食いに行くか!」
「賛成」
「じゃ、行こうぜ。一弥も落ち込むなよ!」
励ますようにそう言って、葛城は一弥の肩を叩いた。
作品名:誰が為にケモノ泣く。Episode01『ある少年の告白』 作家名:いとこんにゃく