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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode01『ある少年の告白』

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「…って、やばッ!時間過ぎてる」
 時計を見て、すでに家を出る時刻が過ぎていることに気づき、一弥は慌ててパソコンの電源を落とした。運が良ければ姉とすれ違うかもしれないと思っていたが、残念ながらそれは叶わなかった。とりあえずメモを残したから大丈夫だろう。
 一弥は現在、一人暮らしをしていた姉、柚羽のマンションで一緒に暮らしている。とある事情で父と一弥の関係がギクシャクしていたところを、柚羽が見かねて誘ったのがきっかけだった。居心地が悪いと感じていた一弥にとって、自分を招いてくれた柚羽は恩人にも等しい。柚羽は仕事柄、年中忙しいのでマンションにいる時間は一弥の方が長かった。一弥は居候させてくれる礼にと炊事家事一切を引き受けている。仕事がハードな分、プライベートはずぼらなところがある柚羽なので、一弥がいることでその穴埋めは十分できていた。
 早足でいつも通りのルートを通って、学校へ向かう。商店街を抜け、緋武呂駅を越えた先に一弥の通う緋武呂高校はある。駅まで来ると電車通学の生徒も合流するので、道路には同じ制服を着た生徒であふれ、まるで大名行列のような有様だ。
 生徒の合間を縫うように歩く一弥は、前方に見知った後ろ姿を見つけ、声をかけた。
「おはよ、由良《ゆら》」
「あ、おはようございます。八センパイ」
 くるりと振り返った勢いで、ポニーテイルが元気よく跳ねる。アサガオのような小さくて、若干控えめの笑みが逆に眩しい女子生徒の名は、由良《ゆら》鼎《かなえ》という。一弥の一つ年下の新入生で、由良が中学生の頃からの知り合いだ。まだ入学して一ヶ月ちょっとということもあり、まだ制服姿にも初々しさが滲んでいる。
「今日も良い天気ですね。ほら、雲一つないですよ。こんなに鮮やかな空を見ていると、元気がもらえる気がします」
 気持ちよく空を仰ぐ後輩に、一弥もつられて空を見上げた。
「お、ほんとだ。眠気も吹き飛ぶ爽快な空だな」
 普段は気にすることなく歩いているが、ふと見上げる空は特別感慨深いものがあった 蒼天に白い線を残す飛行機雲が、どこまでもどこまでも続いている。
 隣に並んで歩きながら他愛のない雑談を交わしていると、ふいに由良が思い出したように「そういえば二年生のところに転入生が来たんですよね?」と切り出した。
「うん、俺のクラスにな」
「…男子ですか?女子ですか?」
 一年生は二階に教室があるので二年生の教室がある三階に来ることはまずない。しかも新入生だからまだ他の階に行くこと自体少し勇気がいる行為だろう。どのクラスに来たのかはともかく、性別まで訊いてくるのは少し不思議だったが、隠すようなことでもないので、
「女子だよ。でもちょっと変わった奴だな。まだ一日しか一緒にいないから推測の域をでないんだけど」
「そうですか…」
 一弥は軽い気持ちで言ったつもりだが、なぜか由良は少し俯いた。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです。…でも、この時期に転入生なんて珍しいですよね」
「だな。なんか特別な事情でもあったんだろうな」
 自己紹介のときに見せたあの笑み。あれは一体どういう意図だったのだろう?
 知り合いと見間違えたのか、はたまた自分が梶のことを忘れているだけなのか。だが、顔見知りだとしたら、あのあとなんらかのアプローチがあってもいいはずだった。
 残る可能性としては、梶が自分を一方的に知っている、ということなのだが…。
「ああッ、先輩!少し急いだ方がいいかもです。あと十分で始業のチャイムが鳴ります!」
 由良が、右手にはめた腕時計を見て、声を上げた。周囲を見回せば、同じようにのんびりと登校していた生徒たちが足早に続々と一弥たちを追い抜いていく。
「急ぐぞ、由良!」
「はい!」
 悠長に考え事などしている場合ではなかった。一弥たちは会話を中断し、とにかく始業のチャイムが鳴る前に校舎に入るべく、全力疾走をすることになった。


「はぁ、はぁ…。ギリセーフ」
 二人はなんとか始業のチャイムが鳴る前に校内に入ることができた。とはいえ、まだ油断はできない。五分後には朝のホームルームが始まる。これに遅れれば遅刻は確定だ。
 由良と別れ、時間を気にしつつ階段を駆け上がると、2年C組教室前の廊下には今にも中に入ろうとする梶眞綾が立っていた。
 さっきまで考えていた当人との遭遇にドキリとした一弥だが、梶はというと息を切らす一弥を見てクスリと笑った。
「…笑うなよ」
「ごめん、ごめん。クラス委員長が遅刻するわけにはいかないもんね。お先、どうぞ」
 口では謝っておきながら、顔は笑ったまま梶は半開きになっていたドアを開ける。
 こいつ、なにげに嫌味を言ったような。
 腑に落ちないものがあったが、今は梶のご厚意に甘えることにした。 
 梶と話をしていると、まるで親しい友人と接しているような錯覚を覚えた。まだ会って二日。会話らしい会話は、これで二回目だというのに。入学したときだって、こんなに早く打ち解けた奴はいなかったな、と一弥は思った。


  □■□■


 放課後。
 ようやく一日の授業を終えた教室では、束縛からの開放感で明るい雰囲気に満ちていた。威勢良く気合を入れて部活に向かう生徒もいれば、予定があるのか脱兎のごとく教室を出て行く者もいる。昼休みで中断していたおしゃべりを再開する女子たち。それぞれが、自由を求めて各々の場所へと散っていく。
 そして、カノジョのいないシングル男子たちは暇をもてあそび…。
「今日、ゲーセン行く人この指とーまれ!」
 と、葛城の半ばヤケクソ気味な招集によって、クラスからいつも通りのメンバー、葛城含め四人の男子が集まった。その中には一弥も含まれている。一弥としてはカノジョがいなくて暇なのではなく、単純にゲームが好きだからという理由で参加しているわけだが、それを言うとメンバーから「負け犬の言い訳」とブーイングの嵐なので、そういうことにしていた。
 ゲームセンターに向かう道すがら、一弥は三人に質問攻めにあっていた。
「一弥。おまえ、随分梶と仲良いみたいじゃん。校舎案内に紛れて一人好感度アップさせやがって。抜け駆けとは卑怯じゃねえか!」
「アホ、お前じゃないんだから。たまたま会話する機会が多いだけだろ。偶然だよ、偶然」
 絡む葛城を一弥は、面倒くさそうにあしらう。だが葛城は、
「偶然にしちゃ、やたら親しげだろ。俺は今朝見たんだぞ。お前が、梶と楽しげに会話していたのを!吐け!昨日の放課後、お前なにをした!」
「痛って!離せッ」
 葛城は、一弥の肩に腕を回すとその首を締め上げた。
「おまえはなぁ、女と付き合ったことがないから無自覚なだけだ。先輩であるオレが忠告してやる。梶はすでにおまえしか見てない!魚からエサに食いついたんだぞ!羨ましいを通り越して恨む。ぜってぇ、祝福できねーッ」
 絶叫する葛城のスキをついて腕から脱出した一弥は、ゲホゲホと呼吸を整え、
「…随分勝手な妄想だな。つうか、それ忠告じゃなくて嫉妬だろ」
「バカ野郎!二年生の中ではトップクラスの美少女だぞ!玖珂沙耶華と双璧を成す存在だと既に注目の的だ。それをこんな童貞に取られるなんて!オレの心は不測の事態で掻き乱されてるんだ!」
「童貞は余計だ…」