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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode01『ある少年の告白』

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「…?」
 いつの間にかすぐ側にいた梶の姿は消え、別の人間がそこにいた。
 それは制服を着た背の高い男子生徒だった。両手をズボンのポケットに入れ、憂いを秘めた表情で空を見上げていた。
「――ッ!?」
 一弥の全身から一気に血の気が引いた。冷たい汗が額を、首を、背中を伝う。金縛りに遭ったような拘束感と寒気が一弥を襲った。
「………」
 その男子生徒は動けなくなった一弥に向かってゆっくりと首を動かした。
 長く伸びた前髪から、冷たい光を帯びた目が一弥を捉えて――

「うああああぁッ」

 一弥はたまらず叫んでいた。
 激しい頭痛が一弥を襲い、耐えきれずにその場にしゃがみ込む。
 まるで押しつぶされるかのように頭部にミシリミシリと圧力がかかる。
 痛い。なんだ、この痛みは。
「八君、八君!」
 梶の声が聞こえる。だが、一弥は痛みを堪えるのが精一杯で返事すらできなかった。
「うっ…ぁああ」
 原因不明の痛みは数分続いたが、次第に落ち着いてきてようやく意識がはっきりとしてきた。目を開けると、目の前に梶の心配げな顔が覗いていた。彼女の白い肌が先程と同じように夕陽を浴びて、オレンジに染まっている。
「…梶…?」
「そうですよー。キミの名前を言ってごらん」
「…八、一弥」
「正解。どしたの急に。具合悪い?」
「いや…そんなはずは。なんだろな。…ごめん」 
 一弥はよろよろと立ち上がると、まだぐらぐらする意識を振り払うように頭を振った。自分でも何が起きたのかわからないので、梶の質問にも答えようがなかった。
「べつに謝らなくていいけどさ。疲れ、溜まってるんじゃない。自分が思う以上に疲労って蓄積されてるみたいだし。今日はこれで終わりでいいよ。他は学校来てれば嫌でも覚えるしね。なにより、屋上に来られることが分かったので大収穫だよ。ありがとう」
「…ははは、サボリの常習犯になりそうだな」
 一弥が苦笑すると、梶は人差し指を口元に当てて、「それは内密に」と囁いた。


 一弥たちが教室に戻ってきた頃にはすでに部屋に人の姿はなかった。
 一弥は、担任の蔵屋へ案内が終了したことを報告する必要があったので、教室で梶と別れ、その足で職員室に向かった。
 グラウンドで部活に励む運動部の掛け声やボールの跳ねる音が廊下の中にまで響いている。
 職員室に入ると担任の蔵屋は机の上にどんと積まれた書類と睨めっこをしていた。一弥の報告を聞いた蔵屋は「そうか、ご苦労」と口だけの礼を言って「暗くなる前に帰れ」と一弥をまるで、仕事の邪魔だとばかりに即解放した。
 蔵屋の態度が気に入らなかったがそれはいつものことだと自分に言い聞かせ、さっさと気持ちを切り替える。
 学校を出た一弥は、歩きながら携帯電話を開いた。
 メールが二通届いている。一通は葛城からの冷やかしのメール。これは読むだけ無駄と分かっているのであえて開かない。
 二通目は一弥の姉、柚羽《ゆう》からのメールだ。
『うげえ、今夜も徹夜。あのクソ課長、乙女の体をボロ雑巾みたいに扱いやがって!!いっちゃん、ビール冷やしといて♪  柚羽』と書かれている。
「乙女って…そんな年かよ?」
 思わず苦笑する。一弥と柚羽の年の差は九歳。乙女というには少々無理がある。
 昨日も徹夜。今日も徹夜。地獄の二日連続だ。自分も就職したらこんな感じで上司に振り回されるのかな、と想像すると身震いがした。とりあえず、お望み通りビールは用意しよう。忘れると子供みたいにふてくされるのだ。
 一弥は、『了解。がんばれ乙女』と返信して、携帯電話をポケットにしまった。
 今日も夕飯は一人だ。何を食べよう、と考え始めたときだった。
 閑静な住宅街を蹂躙するかのような轟音が聞こえてきた。最初は大型トラックのエンジン音かと思ったが、この辺りの道は狭く入り組んだ構造をしているので大型トラックは通行禁止になっている。
 獣の唸りのような重低音。おそらくバイク。しかも大型の。
「…近いな」
 バイクはこちらに近づいてきているようで音はどんどん大きくなり、アスファルトを通じて振動が足下にまで伝わってきた。ズンズンと体ごと揺さぶられるような感覚に一瞬、平衡感覚を失う。独特の重たいリズムを刻むエンジン音を聞いていると、おのずとその正体が分かってきた。
 一弥の想像通り、前方の曲がり角から一台のバイク――ワインレッドのハーレーが現れた。
 いつ見ても、その重量感ある車体はハーレー特有の高級感と圧倒的な存在感を纏っている。
 憧れのハーレーを前に一弥の興味心が疼いた。
 観光シーズンには頻繁に山へ向かうハーレーの集団を見かけるが、大抵は大通りを走るので間近に見られる機会は滅多にない。インターネットでカタログを指くわえて見ることしかできない年齢の一弥からすればそれは、ハーレーを至近距離で見られるまたとないチャンスでもあった。
 もっと近くで見たいな。一弥がそう思っていると、ハーレーはくるりと向きを変えてこちらに向かってきた。なぜか徐々にスピードを下げながら。
「…やべ」
 じろじろ見過ぎて、気づかれたのだろうか?まさか、因縁つけられないよな。
 ハーレーに乗っている人というと洋画の影響でダーティな厳ついおっさんな印象が強く、下手なことを言おうものなら、威圧されて、絞められそうなイメージが頭の中にあった。ヘルメットがフルフェイス型なのもあって表情が伺い知れないのも更に不安を煽った。
 何気なく目をそらし、気にしないでください空気を展開しつつ、道の端に寄ってみるが、一弥の願いむなしくハーレーは目の前で停まった。
 もう観念するしかない。改めてハーレーを見ると、運転しているのはおっさんとはかけ離れたしなやかな曲線と引き締まったボディをライダーススーツで包んだ、おそらくは女性であった。
 長身でその存在感はハーレーの巨体に負けていない。むしろハーレーは女性の存在をより際立たせるアクセサリーのように思えた。純粋にその姿が格好良い。
 黒のライダーススーツが夕陽に照らされ、艶やかな光を放っている。
 ヘルメットの奥で、女性が笑った気がした。
「――ハァイ、少年。ちょっと道を訊ねたいんだけど、いいかしら?」
 ヘルメットに隠れた唇から紡がれた声は、絡みつくような色気のある、男心をくすぐる甘い声音だった。
「分かる範囲なら、いいんですけど」
「実は湖畔通りに出たいのよ。けど、ここ迷路みたいに入り組んでて一向に抜けられないのよね。ほら、あそこに見えるマンションに行きたいの」
 そう言って女は住宅街の向こうに見える一つだけ突出した高さを誇る高層マンションを指さした。最近、湖畔通りに建てられたばかりの最先端の高級マンションだ。
 確かに地元に住んでいる人でもなければ緋武呂のこの地形は分かりにくい。なにしろ同じような家が隙間を埋めるように一帯に敷き詰まり、更に細い道がいくつも分岐しているのだ。初めてくる者の目を攪乱するには十分過ぎる効果がある。
「――フムフム、なるほどね。これは迷うわけよねぇ。ったく、アイツも地図くらい書いて寄越せばこんな遅い時間にならなかったのに」
 ノートに目的地までの簡単なルートを書いて教えると、女は愚痴っぽくそう呟いた。