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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode01『ある少年の告白』

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「彼女は今日からこのクラスに入る梶《かじ》眞綾《まあや)》だ。みんな親切にするように」
「宜しくお願いします」
 蔵屋の味気ない簡潔な紹介に続いて梶が小さく頭を下げる。
 そして、彼女が顔を上げたとき、偶然にも一弥と目が合った。
「え…?」
 偶然だと思った。しかし、梶はなぜか一弥から目を逸らさなかった。
 梶は、自分を見ていた。自分は梶を見つめていた。その瞬間だけ、世界に一弥と梶、二人以外の存在が消失した。
 動揺する一弥に――梶は、さりげなく笑いかけた。
 見間違いではない。確かに、梶は一弥を見て、笑った。
 目を僅かに細め、口端を小さくつり上げて――。

 なんだ、なんなんだ?初対面のはずだぞ?あいつは、俺を知っているのか?
「――き。
――づき。
八!」
「あ、はい!」
 蔵屋の一喝が、一弥を混乱の渦から強引に引きずりあげた。
 慌てて席を立った一弥に、蔵屋は「まったく」と嫌味ったらしくため息をつく。
「お前、時間があるときに校舎を案内してやれ。私は今日忙しくてな」
 なんとなく呼ばれた時点で予想はできていた。
「はい、わかりました」
 一弥は嬉しいような面倒くさいような複雑な心境を味わいつつ、頷いた。
 梶の席は一弥の席の右斜め前だった。一弥の席からは、梶の様子がよく見えた。
 授業が始まってからも一弥はあの笑みの意味が気になってちらちらと梶の方を伺っていたが、その後の梶は特に一弥を見るわけでもなく、話かけてくることもなかった。
 少しばかり浮かれていた一弥だが、そう現実は甘くなかった。


  □■□■


 放課後。
「羨ましいなぁ、一弥。さっそく二人っきりになりやがって〜」
 背中を小突いてくる葛城を一弥は肘で突き返しながら、
「じゃあお前、クラス委員長変わってくれよ。俺は大歓迎だぞ」
「今だけならオッケー!」
「却下」
 葛城他クラスの男子から恨めしい視線を全身に浴びつつ、一弥は緊張をほぐすために深呼吸。そして、梶の座る席に向かった。
 梶の周りには男子の姿はおろか女子の姿すらなかった。皆、遠巻きに梶のことを観察していた。決して無愛想とか壁を作っているわけではない。話かければ反応は返ってくるし、わからないことは向こうから聞いてくる。大抵は一日でも一緒に過ごしていればどんな人物かは把握できるはずだ。だが、梶に関してはそれが難しかった。なぜなら自分のことはまったくと言っていいほど喋らないからだった。家族や趣味など皆が知りたいと思うことを梶は口にしなかった。会話らしい会話が聞こえてきたのは昼休みが最後だった。皆どうやって接したらいいのか考えあぐねていた。
 正直、一弥もどう声をかけるべきか迷っていた。性格が掴めないと会話を切り出すのも難しい。
 それに朝のホームルームのこともある。
 ただ校舎を案内するだけなのだが、なかなか難易度が高い。これはなんの試練だよ、一弥は思わず心の中でぼやいた。
 結局考えてもどうしようもないので普通に声をかけてみると、梶は「ん、よろしく」と言って席を立った。梶の素っ気ない態度に置き去りにされた一弥は、梶が教室のドアを開ける音を聞いて、慌ててその後ろ姿を追った。


 緋武呂高校は一年生から三年生までの教室と職員室、保健室、生徒会室などがある教室棟と、パソコン室や美術室といった実践形式の授業を受ける実習棟の主に二校舎で構成されている。その他には規模の異なる体育館が二つと、屋内プール、校庭、運動部の部室であるプレハブの建物が併設されている。一般的な進学校そのもので特に目立つ特徴はない。強いてあげれば、どの校舎からでも緋武呂の有名観光スポットである緋晶湖《ひしょうこ》が障害物なしで一望できることくらいだ。
 簡単な説明をしつつ教室棟を回り、次に実習棟へと二人はやってきた。
「一階の突き当たりに見えるのが図書室。図書室は特別な構造で二階まで吹き抜けになってる。んで、手前方向に向かって書道室、美術室って続いている。校舎の突き当たりには教室棟と行き来できる渡り廊下と、二階に上がる階段がある」
「なるほど。オッケ」
 一弥の案内に一つ一つ頷きながら、指でオーケーを作る梶。教室にいたときとは随分異なる態度に一弥は最初戸惑いこそしたが、慣れるとこちらの方が断然やりやすく、乗り気じゃなかった案内も次第に楽しくなっていた。
「じゃ、二階に上がるか」
 静かな空間に階段を上る二人の靴音が良く響く。
 こうして二人きりで歩いているとなぜだかドキドキしてきた。一緒にいるのが本性を知るクラスの女子ならこんな気持ちがわき上がらないだろうが、梶が美少女に分類される美人――しかもどこかミステリアスな雰囲気を持っているからだろうか。
 ただの案内だと自分に言い聞かせつつ、心臓の音を聞かれないように一弥はわざと力強く床を踏みつけた。後ろからついてくる梶がキョロキョロしていることにはまったく気づかなかった。
「えーっと、二階は奥の方からパソコン室が…って、おい!?」
 後ろを振り向いた一弥は、思わず声を上げた。
 梶は三階――つまり、屋上へ出る階段の手前に侵入防止目的で設けられた鉄柵を乗り越えようとしていたのだ。
 しかも、スカートを履いた状態で。
「うわ!?」
 パンツ見ちまった。
 慌てて目を逸らす一弥だが、当の梶はというと一弥の目などまったく気にせず「よっ」と気合を入れながら、楽々と鉄柵を乗り越え、どんどん階段を上っていってしまう。
「おい、待てって!屋上は出入り禁止なんだぞ」
 一弥は慌てて自分も鉄柵を乗り越えると、梶の後を追った。
 気むずかしいと思うとかわいい反応が返ってきたり、おてんばだったり、なんて気分屋の猫だろう。
 梶は屋上のドアの前に立っていた。その手には錆びた錠前が乗っている。まさかこの短時間で鍵を外せるわけはないだろう。
「…壊れてたのか?」
「壊れてたというか、鍵自体はかかっていなかったみたい」
「…まぁ、鉄柵越えてまでわざわざ来る奴なんていないだろうからな。――あんたを除いて」
 さりげなく痛いところを突いてやろうと企んだ一弥だったが、梶は悪びれた様子もなく、むしろ楽しげに、
「ボク、前の学校では”屋上の番人”とか呼ばれていたから。だから、チェックしとこうと思って。屋上の日向ぼっこは一度味わったらやめられないんだ」
「…それ、日向ぼっこという名目の堂々としたサボリだよな?」
 一弥のツッコミに梶はイタズラっぽくニヤリと笑った。
「せっかくここまで来たんだから、出ちゃいますか?」
 興味本位で頷いた一弥に頷き返しつつ、梶はゆっくりとドアを開けた。
 軋み音をあげ、ドアの隙間からオレンジの光が一斉に差し込んだ。
「おお、キレイな夕焼け」
 梶の歓声につられ、まだ光に慣れない目を無理矢理あけると、目の前に大きな太陽が飛び込んできた。緋色に染まった空。太陽の残光を浴びて輝く緋晶湖。屋上ならではの高所から見た絶景に思わず声を失った。学校に通って一年ちょっと経つが、こんな景色を見たことはなかった。
 梶も魅入るように手摺りから身を乗り出して夕焼けを見つめている。
 夕陽を受けて輝く梶の横顔に思わず見惚れてしまっていた一弥はふいに不思議な感覚に襲われた。