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マーカー戦隊 サンカラーズ

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「待て、ブランシュ!!」
 レッドが女の後を追おうと駆け出すが、雲が突然濃い霧に変わって視界を遮り、自由のきかなくなった視界に、二人とも動くに動けなくなってしまう。目の前の状況がわからないのは良介も同じだったが、女の気配がそれきり消えてしまったことだけは、なんとなく分かった。
 不意にブラックの舌打ちが聞こえてきて、少し驚いて良介は意識を自分の体に向ける。レッドほど分かりやすくはないが、ブラックもそれなりに熱くなる性質ではあるようで、そんなところも特撮ヒーローと一緒らしい。
 発散型なレッドの方は、どうにかして霧を散らそうとしているのだろう、白いもやを掻き分けるように、大きく手を振っているのが見える。
 もがくようなレッドを嘲笑うように、ゆっくりと霧は薄くなり、やっと視界が晴れた頃にはもう女の姿は跡形もなくなっていた。



 少しだけ溶かしてやわらかくなったバターを、ボウルの中でクリームになるまでかき混ぜる。そこに砂糖を加えて、その次はとき卵を数回に分けて、少しずつ。
 バニラエッセンスを数滴まぜれば甘い香りがキッチン全体に広がって、そこでようやくふるった小麦粉を投入。
 練った生地を丁寧にラップに包み、冷蔵庫に入れて、扉を閉めて。扉の取手に額をあてた少女は、そっと目を閉じるとクラスメイトの顔を思い出した。
「……明日こそ……」
 宵の空は菫色からネイビーブルーに変化していく。そしてそれを背にした一人の少女が、ふわふわした蜂蜜色の髪を風になびかせた。
そして、照れたように慌てて冷蔵庫から離れていく少女を、空の上から見下ろして、小さく笑う。



 まだ少し登校時間には早い、人もまばらな通学路。そこを歩きながら、良介は太陽の眩しさに目を細めると、肩を落として大きく溜息をついた。
 そして思い出すのは、昨日の、良介の脳の処理機能許容量を大幅に越えた出来事。

 白い女に逃げられたレッドとブラックは、追いつけないことを確認すると、すぐに変身を解いてくれた。それぞれ変身した時と同じ色の光を伴って体が持ち主の意思へと戻り、ようやく自由になったことに安堵する二人――実際にホッとしていたのは良介だけだったかもしれないが――に、レッドとブラックからそれぞれ礼を言われる。
 しかし礼は言われたものの、音源になっているはずの二人の姿はいつまでたっても現れなくて、良介も紅太もきょろきょろとあたりを見回した。
〈ん? どうした?〉
 その様子にか、いかにも快活なレッドの声に尋ねられる。しかし良介も紅太も、一体どこへ向かって返せばいいのかわからないのだ。
それでも無視をする訳にはいかず、良介は恐る恐る口を開く。
「いや、ええと……その。二人は今、どこにいるんだ?」
〈ああ、私たちはここだよ〉
「ここって?」
〈君たちの心の中だ〉
 思いもよらず寒かったレッドの言葉に、良介の顔が引きつる。
 しかし精神的に引いた良介ではないものの意思で、いきなり良介の右手が動き出し、息を呑んだ。
「え……?」
「良介?」
 良介の右手は人差し指を立て、迷いのない動きで良介の左胸を指す。
〈……ここだ〉
 そして脳に直接響くように聞こえたのは、ブラックのどこか忌々しげな声だった。

「良介おはよーっ!」
「ぶっ!!」
 突然襲ってきた背後からの衝撃に、つんのめった良介は頭を電柱にぶつけた。
「……紅太、てめぇ……」
「なんだよ、朝から機嫌悪いなぁ」
「機嫌が悪いのはお前のせいだ!」
「あ、そうそう! 俺、昨日オヤジとレンタル屋行ってさ、特撮DVDいっぱい借りてきたんだ! お前も見るだろ?」
 だれか紅太に、人の話を聞くスキルを身につけてやってほしい。痛む額と鼻を押さえながら、良介は内心で悪態をつく。
〈気の毒な奴だな、お前も〉
 お前が言うな、と良介は心の中で言い返した。
 互いにレッド、ブラックと呼び合っていた二人の特撮ヒーローは、正式にはサンカラーズという戦闘部隊の隊員で、それぞれ個人名はソレーユ、ルーナというらしい。なんでもブランシュと名乗る女――それが昨日の白い女だそうだが――彼女を追っていたところ抵抗に遭い、戦闘になった。そこへ良介と紅太が現れたのだそうだ。
 ピンチに陥っていた二人は、藁をつかむような気分で良介たちの体を借り、一応は最悪の状況を脱した――ものの。
〈俺が好き好んでお前の中に居座っているような言い方をするな。出られるものなら、とっくに出ていってる〉
「あっそ。そりゃお気の毒に」
 どういうわけか、二人そろって良介と紅太の体から出られなくなってしまったらしい。
「なになに? ルーナ起きてんの? 俺も話したい!」
 あっけらかんとした紅太へのものか、ルーナの溜息が良介の頭に届く。
 朝っぱらからの疲れるやりとりに、さらに肩が重くなって、良介も大きく溜息をついた。
「――あ、あの、藍川くん!」
 不意に背後から声を掛けられて、良介は肩越しに振り返る。
「ん?」
「お、おはよう。亘くんも……今日は早いんだね?」
 そこにはあまり見覚えのない少女が立っていて、一体誰だろうと良介は記憶を探った。制服を見る限りでは同じ学校の生徒のようだが、わりに親しげな口調からすると同級生かもしれない。記憶にないが。
「あ、関口さんじゃん。おはよー!」
 しかし考える良介の一方で、紅太にとっては見知った相手だったらしく、勢いよく声をかけた。
 そうなると俺は知りませんと言うわけにもいかなくて、良介も相手に向き直る。
「……オハヨー。何?」
「あの……もしかしたら、迷惑かもしれないんだけど……あっ! いらなかったら全然、捨ててくれていいんだけど!!」
「ああ……」
 無感動に先を促す良介に、焦ったような仕草で少女はかばんを開けた。すぐに中身を取り出したのに、少し迷うように視線をめぐらせて、けれど覚悟を決めたかのように、恐る恐るかばんの中身を良介に向かってを差し出す。
 差し出されたのはピンク色の小さな包みだった。
思いもよらない展開にあっけに取られて反応できない良介の意識とは別に、右手が勝手にその包みを受け取る。
「昨日ね、作ったの。よかったら……あの、亘くんも一緒に、ねっ!」
 やりとりをじっと見ている紅太を気遣ってだろう、少女は持て余したように手を振って、じりじりと後ずさりをする。
「マジ? ありがと!」
「そっそれじゃ、私急ぐから!」
 紅太の反応にホッとしたのだろう、言うなり少女は大慌てでかばんのふたを閉じると、慌しく駆け出していった。
 残された良介は包みを持って呆然としたまま、去っていく少女の後姿を眺める。
「いいなーいいなー。それ何入ってんの? 俺も食っていいんだろ?」
「……誰だ? 今の」
「関口清夏。ウチのクラスの子だぞ。覚えてないの?」
 しかし良介のちょっとした恐慌状態に構わず、紅太は唐突なプレゼントの中身に興味津々らしい。包みの結び目から中身が何なのか覗こうとして、紅太が良介の手から包みを取り上げる。そのまま包みを、軽く振ったり太陽にすかしたりと弄り始めたので、良介は慌てて取り上げた。
「俺、関口さんから前にカップケーキもらったことがあるんだけどさ、スゲー美味くって。手作りだって言ってたけど」