マーカー戦隊 サンカラーズ
持て余すほど大きな問題をかかえたら、まずは地道にできそうなことから手をつけろ――だなんて。
不意にそんな風に言っていた良介の言葉を思い出して、大声で叫びたい気分だった。良介の記憶が動力源なら、これは良介の望みなのだろうか。でも、だからって、こんなの。
「起きて、目を覚まして!!」
「う……」
少し離れたところで、同じように清夏が倒れた人を抱き起こす。半ば泣いているような声で呼びかける清夏に、紅太はだんだん何がなんだかわからなくなってきた。
「気が付いた……大丈夫? ね。私、わかる?」
「……ここ、どこ……?」
「そんな……」
おぼろげに予想はしていた反応とはいえ、想像するのと実際に目の当たりにするのとではわけが違う。たしかに紅太も、清夏だってよく見知った顔の相手なのに、目覚めた瞬間のわずかな混乱とは違う、本当にわからないのだとわかる表情を向けられるのだ。
その衝撃に、息を呑んだ清夏が唇を噛んだ。
「どうして、藍川くん……!!」
どうして。
どうしてこんなことを、良介は願うのだろう。
皆が他人を忘れて、自分の居場所を忘れて――世界が消えてなくなっていく。そんなことが良介の望みなら、紅太たちはたしかにそれを受け入れるわけにはいかなかった。
受け入れられないなら、どうしても相容れないのなら、戦う他にはない。ソレーユやルーナの言うことだって紅太にはわかる。
わかっている。けれどどうしても、それよりも先に、良介を問いただしたい衝動がこみ上げて、もうどうにもならない。
「……きたぞ、二人とも」
ソレーユの声に顔を上げると、ホワイトのスーツに身を包んだ良介が、紅太の前に姿を見せた。
「良介……」
掠れて呟くようになってしまった声で、良介を呼ぶ。どんなに小さな声でも、良介は今まで絶対に誰かの言葉を無視したことはなかった。
「ごめんなさいね。良介は今、眠っているの」
なのに良介が答える声は聞こえず、代わりとでもいうようにブランシュの声が耳に届く。
ホワイトは紅太と清夏を一瞥したが、ソレーユとルーナに目をやると、軽く笑うように息を吐いた。
「……やっぱり来たのね、二人とも」
「ああ」
「そう……」
けれど会話はそれだけで、ホワイトは腕を掲げると、てのひらを白い光で覆った。
次いで光の中から、飛沫とともに銀色に輝く布を引きずり出す。その布が大きな網のように空に広がったかと思うと、ホワイトの手に操られるようにして大きくうねった。
それを見て、ルーナが背後にかばった清夏の手を取る。そのまま強引に手を握りこむと、ホワイトから視線を外さずに鋭く息を吸った。
「清夏、行くぞ」
「はい!」
「変身!!」
つながれた手を中心に青黒い光が広がり、ルーナが清夏の体に同化する。そうしてブラックに変身すると、両手から円盤を浮かべ、ホワイトに向かい合った。
ブラックが円盤を投げつけるが、ホワイトが網で巻き込むようにしてそれをかわす。けれど間もなく撃たれた二発目は、網に触れた途端に分散し、攻撃がホワイトに当たって火花が散った。
けれどホワイトの武器が細い糸のように縒り合って長く伸びたかと思うと、分散した投擲の間をぬってブラックに狙いを定める。突き刺さり、激しい火花が散る。
その光景を尻目にソレーユが紅太を見るが、俯いた紅太は手を強く握り締めたまま、顔を上げることができない。
「……紅太」
苛立ったソレーユの声に、紅太は奥歯を噛みしめた。
「紅太!」
どんなに睨んでも周囲の惨状は視界から消えなかった。どうして良介はこんなことができるのだろう。
混乱が怒りに変わり、怒りが酷い熱を持って紅太の思考を焼き潰す。
「あいつは……まったく」
〈亘くん、やっぱり……〉
どうして。
「まぁ、可哀想に。戦いたくもないのに、こんな争いに巻き込まれて」
どうして。
何も考えられなくなって、紅太はさらに手に力をこめる。血が滲んだが少しも痛みを感じられず、ただ目の前が赤く燃えていた。
白く塗られた瓦礫が、崩壊していく町が地響きのような音を立てる。いたるところで倒れこんだ町の人たちに、崩れすぎて砂になってしまった自分たちの足元。
ひどくゆったりしたブランシュの口調に、ブラックが忌々しげに舌打ちした。
「……?こんな争い?を引き起こしたのは、お前なんだがな、ブランシュ?」
「良介のことが心配なんでしょう? わかるわ、とっても」
聞こえてきた良介の名前に、紅太は目を見開いた。
「やめろ! おい、紅太!」
「会ってあげてちょうだい。あの子、とっても元気になったのよ。昔にあった辛いことも、全部忘れてしまって」
どうして。
知りたいことがたくさんあるのに、何一つ言葉にならない。
「紅太!!」
自分を呼ぶソレーユの向こう側に、ホワイトの姿が見える。
「良介……」
無意識に呼んだその体は、紛れもない良介のものだ。けれど良介の気配を何一つうかがわせないホワイトの動作に、紅太は歯を食いしばる。
ゆっくりと消えていく、真っ白な世界。学校も、町も、もしかしたら人の姿さえ消えていくかもしれなかった。
「……なぁ、良介。お前――」
ホワイトが腕を振り払うと、縒り合わさった網が鞭のようにしなる。ほとんど直感で右に転がると、その上を通った鞭が瓦礫に直撃して細かい石や砂が周囲に降り注いだ。
「くっ……!! 良介、やめろよ! みんなは関係ないだろ!?」
「無駄よ、紅太くん。良介は辛かった思い出に全部蓋をしてしまったの。過去のことも、皆のことも」
良介の答えはない。
「……あの子には、とても悲しいことがあったから」
ブランシュの言葉は紅太の耳をすり抜けて、何も頭に入らない。頭の中を巡るのは、傷ついて横たわった皆の姿。焦点の定まらない眼差しに、混乱した表情。
「なんでだよ? なんで、みんなまで……」
――忘れてた方が幸せなことなんか、生きてりゃ腐るほどあるんだよ!!
「良介……っ!!」
「おい……! 紅太、危ない!!」
勢いよく立ち上がると、紅太は止めるソレーユを振り払い、ホワイトに向かって走り出した。
それに怯んだ様子もなく、ホワイトが紅太に向かって鞭を振り下ろす。なんとか横に飛びのいてその軌道を避けたものの、端が脚を掠めて傷口から血が滲んだ。
「ぐっ……」
勢いのまま地面に転がるが、なんとか体制を立て直そうと顔を上げる。
すると目の前にホワイトのつま先が見えて、紅太は相手の顔を見上げた。
表情なんてろくに見えやしない。けれど何も言う気がないことは、紅太にも伝わってくる。それが腹立たしい。
「……良介。お前なんで、みんなの記憶、消しちゃったんだ? 学校も……俺と会ってからずっと、嫌な思い出しかないのかよ?」
良介は本当に、何も覚えていないのだろうか。
「なぁ……良介……!?」
きつい顔立ちのくせに世話焼きな、説教みたいなことばかり言うくせに、誰よりも甘くて。その影で良介が辛い目に遭っていたことを、紅太は知らなかったけれど。
「なんでこんなことができるんだよ!? お前は……お前、いっつも……」
反応を示さないホワイトの――良介の態度にどうしようもなく腹が立って、悔しくて。
作品名:マーカー戦隊 サンカラーズ 作家名:葵悠希