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マーカー戦隊 サンカラーズ

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 怒りで紅太の頭の中は燃えるように熱かったけれど、ソレーユはそれも見越したように溜息をつき、軽く手を振ってみせる。
「仕方がないだろう。あのままブランシュを放っておいたらどうなる? このままだとあいつは、人間の記憶を際限なく奪っていくぞ」
「そんなの辛いことばっかあるだからだろ!?」
 説教じみたことをソレーユは言うけれど、だからといって良介が傷ついても仕方がないなんてことにはならない。そのはずなのに。
「亘くん、でも……」
 清夏が心配そうに紅太の顔を見る。そのソレーユに同調しそうな気配が嫌で、紅太は顔を歪ませると大きく息を吸った。
「良介が言ってた。忘れてた方が幸せなことなんか、生きてれば腐るほどあるって。本当なんだろ? 良介があんな風になるなんてさ、そんだけ酷いことがあったんだろ!?」
 目の前にある何もかもを写さず、何もかもに背を向けたような良介の顔が、脳裏を過ぎる。
「あんな死んだみたいな良介、初めてだったんだ。あんな風になるくらいなら……!」
「ふざけるな紅太! 良介の過去が消えてもいいのか!?」
「あんな風になるくらいならその方がずっとマシだろ!? なんでずっと辛い記憶抱えたまま生きてかなきゃいけないんだよ!!」
 どうして良介があんな風になったのか、紅太には何もわからない。けれど、あんな風になった良介を見てやっとわかった。忘れた方が幸せなことはたしかにあって、それを忘れられないせいで良介は苦しんでいる。
「紅太……」
 絞り出すようなソレーユの声が、どうやって自分を戦わせようかを考えているように聞こえて、紅太は顔を背けた。
戦いたくないのとは違う、けれど戦う理由が紅太にはわからなかった。奪われた辛い記憶を、わざわざ取り戻すことがどうして必要なのか。幸せな記憶で塗り替えることが、どうしてそんなに悪いというのだろう。
だって紅太は、記憶を失っても今まで幸せでいられたのだ。
 ずっと黙って聞いていたルーナが、紅太の言葉が切れるのを待ってだろう、おもむろに口を開く。
「……紅太。お前は記憶がなくなれば、過去がなくなると思うのか?」
 投げられた言葉に、紅太は唇を噛んだ。過去がなくなるだなんて、そんなことはありえない。紅太にだってそんなことはわかっているのだ。
けれど。
「それがどんなものであっても、過去は現在の個人を構成する大事な要素だ。過去を覚えていることも、忘れることも含めてな。忘れることを選択するのだって、そいつが存在しているひとつの理由なんだよ」
「でも……!!」
「良介が自分の意思で、他者の能力を借りて自分の記憶を失うなら、それは良介の勝手だ。だがブランシュの能力はそうじゃない。個人がわずかにでも辛いと感じる記憶であれば、関連する記憶も含めたそのすべてを見境なく奪う」
 だから、と言葉を繋げたルーナの声は、はっきりとした信念を滲ませていた。
「何があっても、俺たちはそれを許すわけにはいかない」
――高い電子音が響く。
 途端にソレーユとルーナは意識を外へ向けると、互いに顔を見合わせて小さく頷いた。
「まただ……しかも学校とはな。行くぞ」
「ああ!!」
 紅太は答えない。答えられなかった。わからないのだ。どうして良介に過去の記憶を戻さなければならないのか、辛い思いをさせなければならいのかが、どうしても。
「亘くん……」
 清夏が不安そうな表情で見てくるのがわかるのに、紅太は何も言えなかった。いつものように心配するなと声をかけることも、清夏の目の届くところでだけでいい、戦いに行く振りをすることさえ。
 動けずにいる紅太の様子をどう思ったのか、清夏は唾を飲み込むと、真剣な表情でソレーユを見た。
「ソレーユさん。あの、身体は大丈夫なんですか?」
「まぁ……ルーナに手当てもしてもらったし、なんとかな。紅太は……」
「甘やかすなソレーユ。ここまで来たんだ。今になって投げ出されても困るんだよ」
 事も無げなルーナの言葉に、清夏は一瞬怯んだようだったけれど、握った手に力をこめると鋭く息を吸う。
「る、ルーナさん! 急いでるのにごめんなさい、さっきの話なんですけど……」
「さっきの?」
「人間の記憶を動力源に戦ってる、って……」
 ルーナは少し考えるようにしていたが、すぐに思い当たったのか改めて清夏を見返した。
「ああ……それが何か?」
「あの、私の体を使えませんか?」
 清夏の申し出に、驚いたのは紅太だった。
「え……?」
「藍川くんが敵についてしまって、亘くんも怪我しちゃって。今は無事な体がないんですよね? だったら……」
「ちょっと、清夏ちゃん……」
「運動神経はそんなに悪くないと思います。それに、多少の怪我だって私、気にしないですし」
 思考がついていかない紅太を放ったまま、ルーナと清夏の会話は続いていく。
「使えないということはないが、君はいいのか? 話した通り、俺たちは記憶を動力源に戦ってるんだぞ」
「どっちかっていえば消えてほしくない記憶の方が多いですけど……でも、記憶を元にしたエネルギーの、上乗せ? ……は、あるんですよね? だったら、少し削られるくらなら――」
「清夏ちゃんってば!!」
 思わず大きな声になった紅太に、やっと二人は言葉を止めると、紅太へ顔を向けた。
 何も迷うところのない清夏の視線に、さらに動揺して紅太の口が歪む。
「何、言ってんの? なんで清夏ちゃんが、そんな……」
 どうしてわざわざ傷付きにいくのか、そんなことを考えるのかわからない。
「辛いのは亘くんも一緒だよ。だから……亘くんもちょっとだけ、休憩した方がいいと思うの」
「……だからって……」
 だからって、どうして清夏が。
「清夏、ありがとう。君の体を貸してもらうよ。悪いが時間がないんだ、すぐに現場に向かう」
「ルーナ!?」
「紅太」
 紅太を無視するルーナを追いかけようとするのに、それを阻むようにソレーユが声をかける。
「……頼むよ」
 ほとんど強制されているような状態で、それでもまだ嫌だといい募ることは、紅太にはできなかった。
「ルーナ、いいか」
「ああ。清夏、行くぞ」
「はっ、はい!!」
 紅太の反応を承諾と取ったのか、ルーナと清夏が慌しく部屋を出て行った。
 それを見送った紅太を振り返り、ソレーユが紅太を促す。
「行くぞ、紅太」
嫌だとは言えない。
けれど二人の言うことをわかったとも、紅太にはどうしても言えなかった。



 学校に辿り着くと、白い湯気のようなもやが立ち上っていた。
 校舎はほぼ全体が崩れ落ちていて、その上には白い液体が薄く膜を張っている。そして白く染まった瓦礫は徐々に岩肌を溶かし、崩れきった場所には多くの生徒や教師たちが横たわっていた。
「そんな……!?」
「――っ! ね、亘くん。あっち……!!」
 清夏に言われて振り返ると、白い湯気がみるみる内に広がっていって、校舎と同じように白く濡れていく。
 その様子を眺めている間にもビルが崩れ始めて、そこら中から悲鳴が上がり始めた。
「くそっ……おい、おい!!」
 そのあまりに予想外の規模に、とにかく今目の前の人を助けなければと紅太はそばに倒れていた人を抱き起こす。