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マーカー戦隊 サンカラーズ

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【第八話 夢色の揺り篭】


 かさりと、乾いた音が耳を掠める。
 とても幸福な夢の中にいた。
 誰も自分を殴らない、叩かない、怒らない世界。暖かい光の中でまどろむとどんな気持ちがするのか、本当は良介にはよくわからなかったけれど、きっとこんな気分なのだろうと思う。
――辛かったのね。
 そう囁いて自分を抱き上げる女の腕は、温かくて、優しい。
――おやすみなさい。大丈夫。あなたが目覚める頃には、怖いことは全部終わっているわ。
 優しく前髪をすかれるような感覚に、良介の意識がみるみるうちに沈んでいく。
瞼の裏で輝く白い光はきっと陽の光なのだろうと、良介は思った。



 白い光がブランシュの指先に集まる。そしてブランシュが息を鋭く吐くのと同時に、それが弾丸のようになってレッドに撃ち込まれた。
 それがまともに直撃し、当たった場所から激しく火花が散る。衝撃で吹っ飛ばされたレッドの体が地面を勢いよく転がり、レッドは痺れて思うようにならない膝を強引に立てて起き上がった。
 そのまま剣を取り出そうとするが、思うようにならずに歯を食いしばる。
「くそ……っ! おい紅太、いくぞ!」
 そうレッドが呼びかけても、紅太は意識をブランシュたちに向けたまま、まともな反応ができずにいた。
「紅太!!」
 いくと言われても、レッドは一体どうするつもりなのだろうと紅太は思う。それはもちろん、ブランシュはずっとレッドたちの敵だった。
〈……嫌だ……〉
けれど――でも。今ブランシュの隣にいる良介は、ついこの前までそうではなかったのだ。
「紅太!?」
〈嫌だ……ダメだ、ダメだ! だって良介があそこにいるのに!!〉
「今の良介には何も聞こえていない! 分からないのか、俺たちは人間の記憶を動力源に戦ってるんだぞ!?」
 抵抗する紅太の意識に、ぼんやりと焦点の定まらない表情の良介が浮かぶ。良介に寄り添うように立ったブランシュが、なんだか妙に恐ろしく感じた。けれどそれから離れようとしない良介を強引に引き寄せることも、紅太にはできない。

「本部によって能力を上乗せされた俺たちとは違う、ブランシュはその百パーセントを良介の記憶に頼ってる」
 ルーナの静かな声が腹の底に落ちるようで、清夏は落ち着こうと大きく息を吸った。
運動の燃料を良介の記憶に頼っているというのなら、その使われた良介の記憶は一体どうなっているのだろう。普通に考えれば――辿り着きたくない結論から目を逸らしそうになって、清夏は唾を飲み込む。
「じゃあ、今の藍川くんは……」
「そこまではわからない。俺の回復がソレーユより早まったのは、良介の異常な学習能力によるものだからな」
 しかし希望を示したはずのルーナの言葉は、底冷えるような厳しい声音だった。
「学習能力……異常な……?」
「母親の虐待と、父親の両親の厳しい躾――それも、虐待一歩手前のな。誰の助けも得られない状況で、幼い子供が自分を守るためにはどうしたらいい? せいぜい相手がどうして攻撃してくるのか、その条件を見極めて、それを満たさないように事前に立ち回る程度だ」
 不意に清夏の脳裏を、小さな子供の影が通り過ぎる。見えないところにたくさんの傷を負った幼い男の子が、うずくまって睨むようにこちらを見た。
「良介は人にされたことを忘れない……忘れられないんだ。たとえ忘れたとしても、忘れたことを覚えておいて、さらに記憶に刷り込み直す。そうすることでしか自分を守ることができなかったから」
 次いで良介の声が聞こえた気がして、清夏は俯いた。
「良介はブランシュにとって都合のいい燃料だ……俺たちにとっても」
――大丈夫か。
 以前自分にかけられた良介のその言葉は一体、誰に向けられたものだったのだろう。
 それを想うと何も言えなくなってしまって、清夏は目に浮かんだ涙がこぼれないように、ぐっと唇を引き結ぶ。

 ブランシュの攻撃が、容赦なくレッドに向かって降り注ぐ。それをなんとか避けて回りながら、紅太は目が回りそうな視界の中で良介を見た。
 ぼんやりした表情とはいえ、良介はこちらを見ている気がするのに――聞こえていないだなんて。
〈く……っ、良介!〉
 しかし良介からはなんの反応もなく、紅太はたまらなくなって手を伸ばそうとする。
「よせ、やめろ紅太!!」
〈なんでだよ、答えろよ良介! 良介ぇえ!!〉
 レッドが強引にその場を離れるまで、紅太は良介から意識をそらすことができなかった。



 また、紙をめくる音がした。
 名前を呼ばれた気がして、良介は目を瞑ると必死に耳をふさぐ。
名前を呼ばれるのが怖かった。呼ばれた声に、寄っていけば殴られて、寄っていかなくても殴られる。
痛いことは嫌だ。だから良介はいつも聞こえない振りをして、自分からは寄っていかないようにした。後回しにしていれば、運よくそれから逃げられることもある。
 けれど恐怖はなくならなくて、良介は耳を塞いだまま独りで肩を震わせる。
――泣かなくていいのよ。大丈夫、安心し眠っていらっしゃい。
 不意にかけられた声はひどく優しい。
相手の顔を見たいと思ったけれど、目を開ければ夢から覚めてしまうことも良介は知っていた。だから目を開くことは、どうしても怖くて。
――お母さんはここにいるわ。
良介は何も見えない視界の中でただ、頭を撫でてくれる優しいてのひらの温度を感じていた。



「痛っ……!」
「大丈夫? ごめんね亘くん、ちょっと我慢して……」
 消毒が沁みたけれど、清夏は少しも力を緩めず頬の傷口に脱脂綿を押し付ける。
 しかしそれに不満を言う気力もなくて、紅太はされるがまま、黙って傷の手当を受けていた。
「いっ……おいルーナ、もっと優しく」
「甘えるな気色悪い。なんなら思い切って消毒液を飲むか? きっと体中から毒が消えるぞ」
「たのむ紅太! 俺と場所変わってくれ!!」
「そうかそうか、そんなに飲みたいのか。ほら、飲ませてやるから口開けろ」
 隣でルーナの治療を受けるソレーユにはまだまだ元気があるようで、いつもと同じように騒がしく遣り取りをしていた。
そのことが無性に苛立たしくて、紅太は無言で歯を食いしばる。
 紅太の手当てを終えた清夏が、器具を救急箱に仕舞う。ちょうど手当てを終えたらしいルーナも器具を仕舞い、救急箱を閉じた。
 沈んだままの紅太に目をやり、ソレーユが小さく溜息をつく。
「……紅太――」
「どうして?」
 ソレーユの呼びかけに、とっさにそれしか言葉が出てこなくて、紅太は深呼吸した。けれどとても落ち着けなくて、自分の声が掠れないように唾を飲みこむことしかできない。
「……どうして攻撃しようとしたんだよ? だって、あれは良介が……」
「亘くん、ソレーユさんは良介くんを攻撃しようとしたわけじゃ――」
「でも良介に当たったらどうなるんだよ!?」
 レッドに体を操られているとはいえ、紅太だってずっと戦ってきたのだ。攻撃をくらえば今のように怪我を負うし、もちろん痛みだってある。敵からの攻撃ですらけして小さくはない傷になるのだ。これまでその敵を倒してきた自分たちの攻撃による痛みは、一体どれほどになるだろう。なのに。