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マーカー戦隊 サンカラーズ

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【第七話 星が浮かんだ空の色】


 紅太に出会った時、良介は嬉しかった。その喜びは優越感だったと言っていい。
ただ状況を理解するためのツールがあるだけで、紅太という人格を構成するだけの記憶を、彼は持っていなかったのだ。紅太には幸せな過去が無かった。
だから良介は気おくれせずに紅太と向かい合えたし、徐々に感情を呼び戻していく彼の変化に、充足感を得る余裕さえあったのに。
『父さんが次の日曜に、牧場に連れてってくれるって。母さんが弁当のリクエスト聞いてきたけど、良介は何がいいと思う?』
 自分に対する気遣いに、かすかな困惑を見せつつも、くすぐったさを滲ませた表情。
『昨日、姉ちゃんにカラオケ付き合わされてさー。俺よくわかんないのに……あ、でもな。振り付け覚えたから、今度行く時に見てよ!』
 不服そうな口振りではあったけれど、きっと楽しい時間を過ごしてきたのだろう。
『今夜メシ食ったらホールのケーキなんだぜ! そう、俺の誕生日!!』
 そう話す満面の笑みは、何の疑いもない期待を全面に現していた。
――むしろ今までがよく堪えてきたのだと、良介は思う。紅太が幸せな過去を持っていないことは、良介の不幸な過去と同じではなかった。持っていなければその分だけ、まるで補充するように紅太には幸福が舞い込んでくる。良介はかなり早い段階で、それに気付いていたのに。
「――出かけるには遅い時間だが?」
 背後からかけられた声に、良介はゆっくりと振り返った。こうして向かい合うようになったのは最近だけれど、その顔のせいで酷く馴染み深く感じる。
「止めるか? ルーナ」
「勧めはしない」
 けれど紅太のそれとは違うルーナの切り捨てるような口調に、やはりこれは紅太ではないのだ思うと、良介は少し安心した。
 そしてふと、紅太によく似た性質の、常に迷いのない男のことを思い出す。
「……ルーナはさ、長いことブラックやってんだろ?」
「それがどうした?」
「レッドの……ソレーユのこと。お前、嫌になったこととか、ないの?」
 良介の問いに、ルーナは忌々しげに眉を顰めると、軽く鼻を鳴らした。
「いや? むしろあいつのやり様に、満足したことなんか一度も無い」
 不機嫌な表情のまま、ルーナがまた口を開く。
「どんな瑣末な記憶だろうと、構成要素であることには変わりはないんだ。だがあいつは簡単に枝葉を切り捨てるからな。それが俺には……」
 少しだけ目を伏せたその顔は静かで、紅太と同じような造りをしているのに、妙に冴え冴えとした印象を抱かせる。
「……俺には、時に恐ろしくもある」
 そう呟いた声は悲痛なものではなかったけれど、何か複雑なものをはらんだような響きをもって、良介の耳に届いた。
 だったら、なおさらだと良介は思う。
「じゃあ、なんでバディ組んでんだよ?」
「必要だと思うからだ」
 しかしルーナの返答に迷いはなく、その意外な強さに良介は口ごもった。
 そして同時に、やはり自分は独りなのだと良介は思う。自分にはルーナのソレーユに対するような信頼も、ある種の割り切りも。そのいずれかでさえ、紅太に対して抱くことができない。
 この男は自分と同じようには考えていないのだと思うと、それだけでルーナの存在が忌々しくて、良介は背を向ける。
「……わかんねぇよ、そんなの……」
 そう切り捨てた自分の声がひどく強張っていたことに、良介も気付いていた。



 季節ごとの美しさを穏やかな声で語られる。午後一番の古典の授業はひどく睡魔を活性化させるものだったけれど、妙に開けた目の前の景色が落ち着かなくて、紅太は珍しく居眠りせずに授業を受けていた。
いつもは見える良介の背中がないだけで、ひどく物足りない気分になる。しかも別れ方が別れ方だ。急な良介の欠席を、気にするなという方が難しい。
 退屈な授業だったけれど、良介に叩き込まれた習性でノートだけはしっかり取った。
 堪えきれずに居眠りをする度、休み時間になると、良介は紅太を叱った。そして自分のノートを差し出して、ミミズの這った部分だけ写させてくれるのだ。
「亘くん」
「んー……?」
 軽く肩を叩かれて、紅太はぼんやりしたまま軽く顔を上げた。視線の先では清夏がやわらかく微笑んでいて、それだけ心配をかけたのだと思えば、少し情けない。
「……大丈夫だよ。藍川くん、すぐに元気になって戻ってくるよ」
「……うん……」
 清夏だって不安だろうに、無理に笑顔を作っているのは、きっと紅太を元気付けるためなのだろう。
『あんまり人に心配かけるなよ?』
 そう紅太に教えたのも、良介だった。



 椅子の肘掛に頬杖をつくと、耳につけたピアスが小さな音を立てた。それは普段から聞いているはずの音だったけれど、普段よりずっと静かな今の環境では仕方がないのかもしれない。
 指令のほかにも、ピアスからは随時必要な情報が流れ込んでくる。ソレーユがそれを耳障りだと思ったのは、もうずっと前だ。
「……なぁ。どんな感じだった?」
 窓際に腰掛けたルーナに向かって、ソレーユは額に手を当てて天井を仰いだ。特に人より鈍いつもりはないけれど、ルーナほど繊細な感性を持っていないという自覚は、ソレーユにもある。
 ルーナは開いた本に目を落としたまま、ただ少しだけ意識をソレーユに向けた。それがこの男の返事だ。
「……やっぱりこういうのは、経験した当人じゃないとわからないよな」
「無理に理解する必要はない。お前みたいなカメレオンは、特にな」
「カメレオン?」
「嫌味だから気にするな」
 とはいえ、とルーナが言葉を拾う。
「このまま放っておく訳にもいかないが」
 不意に、女の後姿がソレーユの脳裏を掠めた。
高く結い上げた髪をなびかせて、色の白い肌をほんのりピンク色に染めて笑う。口紅はたしか淡い色の方が好きで、全体的に柔らかい印象が皆をとても安心させてくれた。そんな、ひどく優しい記憶。
「……シエルの二の舞は、やっぱ嫌だよな」
 ページをめくる乾いた音が、静かな部屋に響いた。
――と、ピアスから小さな呼び出し音が聞こえてきて、二人は勢いよく立ち上がる。目標は現在地から東南へ、直線距離五キロメートルの地点。
 そのまま二人は部屋を飛び出し、ひとまずは屋敷の屋根に飛び乗って向かう先を確認する。
次いで学校の様子を確認するが、校庭には体操着を着た一部の生徒しかいなかった。
「紅太はまだ学校か?」
「だな。迎えに行ってくる」
「分かった」
 ルーナがそのまま屋根の上を行くのを見送って、ソレーユは屋根を降りた。

 教室移動のために廊下を歩いていた清夏は、肩口を軽く叩かれて後ろを振り向いた。
「あれ? 藍川くん、学校……って、ソレーユさ――!?」
「しーっ!」
「ご、ごめんなさい……」
 視線の先では良介によく似た男が口に人差し指をあてていて、まさかこんなところに現れるとは思っていなかった清夏の方は面食らう。
「突然ごめんな。紅太は?」
「えっと……もう教室に戻っちゃったと思います。呼んできましょうか?」
「ああ。よろしく」
 清夏の申し出に笑顔で答えたソレーユの顔は、やはり何度見ても良介とよく似ていた。けれどきっと良介は、ソレーユのようなぱっと明るく光るような笑い方はしないのだろうとも思う。