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マーカー戦隊 サンカラーズ

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突然の状況に驚いて動けない母親が、とっさに娘らしい女の子を抱き上げる。何もないはずの母親の背後からは悲鳴のような叫び声があがり、突如として響いたそれに皆が恐怖で体を強張らせた。
 しかし人影は皆の反応にかまう様子もなく、そのまま剣を収める。
するとごく淡い光がきらめき、その光は吸い込まれるように母親の中に入っていった。
人影は肩越しに振り返り、黙ったまま紅太と良介の元へ向かってくる。
「ソレーユ……」
 そう呟けば、別の方向からはルーナが現れて、紅太は両方の顔を交互に見た。
そして視線を移すと、不安に目を見張った正隆たちが、自分たちの動向を見つめているのに気付く。
そして紅太は、ついさっき見たソレーユの攻撃を思い返した。
ソレーユの剣は何もない場所をなぎ払ったはずなのに、そこから火花が散った。そしてこれまでノートを倒した時と同じように、白い光が宙に浮かんだ。
「今のは、どうして……?」
「清夏の時と同じだ」
 紅太の疑問に対しわりに気軽な口調で、ルーナが言った。
「ノートは宿主が忘れたいと願った記憶を消しに出現する。暴走し、第三者に被害を及ぼすようになるのは、宿主の願いが叶ってからだ」
「じゃあ……」
 火花から予想される弾道と、呼びかけたソレーユの声からするに、母親のノートは正隆と正隆の父親を消そうとしていたのだろう。
 つまり母親は、正隆と正隆の父親との記憶を消したいと願っていたのだ。



 騒ぎになったらまずいからと、紅太たちはそのまま逃げるように屋敷に戻ってきた。
 そして部屋に入ところで、今までずっと黙っていた良介が静かに口を開く。
「なぁ、お前たちの仕事って、要するに何なんだよ?」
 何度か聞いたような良介の問いに、ルーナが呆れたような表情で軽く息を吐いた。
「何度も言っているだろう、逃亡したブランシュを捕縛する――」
「そうじゃなくて」
 しかし良介は繰り返されたその話を遮って、真っ直ぐに二人のことを見据えた。
「そうじゃなくて……元々のだよ。お前たちの力って、一体……」
 ブランシュを捕らえるために派遣されたと言うが、ではブランシュが逃げる前は、ソレーユたちは一体何をしていたのだろう。どうしてブランシュは逃げたのか、そもそもの部分を良介たちは知らないのだ。
 そんな良介の問いに、ソレーユとルーナは視線を合わせると、観念したように軽く肩を竦める。
「……俺たちの所属は聞いたな? ベルト・ノート地球課、人類史部隊、サンカラーズ」
「ああ」
「この世のすべての記憶を纏める機関、ベルト・ノートの中で、俺たちは人類の歴史を担当している。もともと、ルーナはすべての記憶の記録化を、俺はその整理を担っていたんだ」
 話しながらソレーユは、置いてあった椅子にどっかりと腰かけた。
「整理――添削された記録は最終的に、さらに正式なものとして上書きされる。歴史を見ると、それまでの出来事が一本の道筋になっていたように思えるだろう? 物事の成り立ちというのは記憶の積み重ねだ。途中で途絶えたような、覚えている人間の量が少ない薄い記憶は、淘汰され、消えていく。それがそうだ」
「すべての記憶、って……?」
「言葉の通りだ」
 呟かれた紅太の問いに、今度はルーナが話の続きを拾う。
「上書きされた中には、知るだけでも気がふれそうなものも多いぞ? それをすべて確認し、消す部分と消さない部分を振り分けるだけでも大変な苦行だ。ましてや上書きを担う者はそれ以上、なにせ人々の記憶がどこをどう誤魔化したかまでを直視することになる。当然、誤魔化され消されていった記憶もな」
 ルーナの口調はどこか笑っているようで、けれど少しも楽しそうには聞こえなかった。
「とはいえ非常時である現在は、これまでのようにノートを倒すことが最優先事項だ。ノートを倒すことで奪われていた人々の記憶を戻し、ついでに回収する。そして回収した記憶今は、ここに宿っている」
 言いながらルーナは机の上の、彼がいつも読んでいる本を指さす。
 世界の記憶の記録、整理。奪われていた記憶の回収。次々と出てくる自分の理解の及ばない話の中で、ふと引っかかりを覚えて、紅太は顔を上げる。
「じゃ、上書き役のヤツは今、どうして……?」
 けれど紅太の問いには、二人とも何も答えなかった。



 そうしてなんとなく沈んだ気分のまま一晩を過ごし、珍しくも紅太は朝早くに自然と目が覚めた。
眠りが浅かったせいで疲れが取れなくて、体が重い。それでも気になって色々と考えてみたけれど、飽和した頭では何一つまとまらない。
 溜息をつきながら、紅太とぼとぼと重い足取りでは通学路を歩いていく。
 すると背後から足音が聞こえてきて、紅太は振り返った。
 そして振り向きざまに頬を思い切り叩かれて、紅太は痺れて熱くなった部分を空いた手で押さえる。
「なんっ……」
「あんたたちのせいよ!!」
 そう言って紅太の頬をいきなり叩いた小さな女の子は、真っ赤になった目で紅太を睨むと、まるでありったけの憎しみを煮詰めたような声でうなった。
「あんたたちのせいで、お母さん、死んじゃった……!!」
 言われたことの意味が分からず、紅太は困惑する。
「……え……?」
「あんたたちのせいよ!!」
 少女はそう叫ぶと、そのまま踵を返し、どこかへと走り去ってしまった。
 今のは一体、何が起こったのだろうと思う。そもそも今の子供は誰だったのか。見覚えがある気がして記憶をさぐり、すぐに思い至って紅太は息を呑む。あれは正隆の母親の娘だったのではないだろうか。
 そして少女は、母親が死んだのだと言った。昨日の今日で、一体何に絶望したというのだろう。自分たちのせいというけれど、自分たちがしたのは、彼女の記憶を取り戻しただけだ。それがどうして――
?あんたたちのせいで?
 混乱する頭の中で、その言葉ばかりがぐるぐる回る。自分たちのせいで、でも母親は記憶を取り戻して、そのせいで死んでしまったのか。
 自分たちのせいで。
 足の力が抜けて、紅太は立っていられなくなった。
 すると背後から、今度はゆっくりとした足音が聞こえてきて、紅太は緩慢な動作で知らず俯いていた顔を上げる。
「……母親。一応、未遂だってよ」
 そのまま振り返ると、視線の先の先では良介が紅太を見下ろしていた。
「良介……俺――」
「これでわかっただろ」
 言葉を遮られて、紅太は目を見開く。
「よく知りもしないのに中途半端に首突っ込んで、引っ掻き回して。その結果がコレだ」
 そう責める良介の声は、どこか笑っているように聞こえた。それが途方もなく恐ろしくて、紅太の体が竦む。
「人の心の中に土足で踏み込んで。思い出さなくてもいいモン引っ張りあげて、突きつけて……なぁ。嬉しいか? 人助けした気分に浸れるか? ふざけんじゃねぇぞ」
「……良介……」
「忘れてた方が幸せなことなんかなぁ、生きてりゃ腐るほどあるんだよ!!」
 そう言うと良介は、座り込んだまま動けない紅太を追い越して、さっさと先に行ってしまった。
「良介!?」
 それに耐え難いほどの不安が膨らんで、紅太は良介を呼ぶ声が悲鳴のようになるのを止められない。
 しかし良介は振り返らず、行く足を緩めようともしなかった。