マーカー戦隊 サンカラーズ
去年から始まったこのお遊びは、隣にいる女子にとっては単なる暇つぶしなのだろう。
――安恵ちゃん、おはよう! 見て、コレ。教えてもらったレシピで作ってきたんだよ!
明るくて優しい子だった。けれど自分は彼女をスケープゴートにして、安全なところに逃げたのだ。
そしてそれをずっと、自分は気に病んでいたのに。
今朝の、男の子たちとアルバムを囲んで楽しそうに笑う彼女の表情を思い出し、奥歯をかみ締める。
そんな宿主の背後を、とても小さな双子の影が、音もなく駆けていった。
ソレーユとルーナによると、結局現段階でのノートの暴走による被害に関して、本部からの出動命令はなかったらしい。とはいえ宿主はどうやら清夏に関連する人間であることは確かなようで、紅太たちは清夏を空き教室に呼び出した。
そうして現れた清夏をとりあえず座らせて、ルーナが話を切り出す。
「清夏。嫌なことを思い出させるが、確認しておきたいことがある。お前を苛めてる奴らの中に、以前友人だった人間がいるんだな?」
あまりにダイレクトな質問に清夏は驚いたようだが、しかし気を悪くした風ではなかった。ただ少し気落ちした様子で、静かに口を開く。
「……はい……」
「そうか。喧嘩別れでは?」
「違う、と思います……たぶん。少なくとも私には、そんなつもりはありませんでした」
聞くだけ聞いてまた考え出したルーナに、清夏が戸惑いがちな仕草で顔をあげる。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「ルーナさんやソレーユさんには、記憶を忘れさせる能力はないんですか?」
清夏のそれに、驚いたのは紅太だった。
「ちょ、清夏ちゃん!? 何言って……」
「なぜ?」
しかし問われたルーナの方は、淡々とした口調のまま答えを返す。
尋ねられた問いに、清夏は俯くと、ぎゅっとスカートの裾を握った。
「……宿主の子の記憶。彼女が忘れたがってる部分だけでいいんですけど、忘れさせてあげてほしいなって……」
そう言ってから清夏は顔を上げ、今度はルーナに向かって訴える。
「今は友達じゃなくなっちゃったけど……でも、前は本当に友達だったんです。その子が何を忘れたいのか、私にはわからないけど……」
必死にも聞こえる清夏の言葉に、なぜか酷い焦燥感にかられて、紅太は清夏を見ると何度も首を振った。
「清夏ちゃん、ダメだよ。そんなの……!」
「できないことはない」
「ほ、本当ですか!?」
「ダメだってば!!」
そんなことを簡単に答えるルーナの反応が苛立たしくて、勢いのまま話を遮る。
そうして集まってしまった視線に、なんだか居た堪れない気分になった。けれどここで負けるものかと、紅太は大きく息を吸う。
「待ってよ、なんでそんなこと簡単に言うんだよ!? 覚えてるって、本当はとってもすごいことなんだぞ! それをそんな簡単に捨てようなんて……宿主もみんなも、そんなのおかしいだろ!!」
口に出すと、本当にもうそうとしか思えなくなって、紅太はひどく悲しい気分になった。淡々としたままのルーナも、訳知り顔で何も言わないソレーユも。自分を諌める良介も、記憶が消えてもいいなんて言う清夏だって。
思えば思うほど腹が立ってきて、紅太は歯を食いしばる。
「おい、紅太!」
「うるさい良介! お前だって、俺には関係ないとか言ってたくせにさ! なんなんだよ!!」
なんでこんなに大切なことを、そんな風に簡単に言うのだろう。
「そんな簡単に忘れちゃダメだ! 大事なものだろ!? 大事な友達の記憶なんだろ!?」
「亘くん……でも――」
「じゃあ聞くけどな紅太、関口がまたそいつと友達になる可能性はどの程度なんだよ?」
紅太の主張を遮る良介の言葉が、どうしても紅太にはわからなかった。そんな確率なんて、分かりたくもない。
「なんだよ、それ……!!」
「藍川くん……」
言葉に詰まった紅太に、良介は苦虫を噛み潰したような顔でわずかに顔を背ける。そして目を閉じると、眉間に皺を寄せ、長く息を吐いた。
「……悪いな、関口。でも、どうせ友達には戻れないんだろ? 楽しかった記憶なんてものは、もう二度と戻ってこねぇんだよ。 なのにそんなもんに振り回されて、他人恨んで、自己嫌悪して……なんて――」
そこへ鋭い電子音が響き、二人は反射的に顔を上げる。
〈な……!?〉
「なに……!!」
ルーナが耳を手で覆うと、音量がかすかに小さくなった。
そしてあたりを見回して気配を探り、目を見開いてドアに向かって駆け出す。
「良介、清夏を守れ!!」
「うわわっ!! な、何……――」
それと同時にルーナに突き飛ばされた二人は、とっさのことでバランスを崩しながらも、なんとか清夏を背にかばった。
どこからともなく小さな円盤が清夏目掛けて飛んできて、良介は清夏の体を思い切り引っ張る。けれどなぜか上履きの底が床に貼りついて外れず、三人揃って転びそうになった。しかし無理に清夏を抱きかかえて、なんとか堪える。
「ちっ……良介、変身だ!!」
向こうは向こうで何かと戦っていたらしいルーナの呼びかけに、二人は顔を上げた。
しかしそこへまた円盤が飛んできて、慌ててしゃがんでそれをかわす。
「くそっ……しつけえな……!」
何度か状況を見ようとして顔を上げるが、そのたびにそんな風だ。舌打ちをした良介が円盤に向かい、その場にあったものを適当に投げ付ける。
うまく当たったらしく、落し物の消しゴムが弾き返されるのと一緒に、円盤も反発して地面に落ちた。
「……っし! いくぞルーナ!!」
良介が敵の攻撃うまく弾いたのを確認し、ソレーユも紅太に向かって呼びかける。
〈俺たちもいくぞ、紅太!〉
「ああ! 変身!!」
その声を合図にして、良介と紅太はそれぞれの光と共に姿を変えた。
ルーナが良介の体に同化し、頭数が二人になったレッドとブラックは、清夏を中心に互いに背を預ける格好でそれぞれ敵を見る。
敵の影は姿が確認できないほどの速さで走り回り、それを追う二人の足止めをするように、細かな攻撃を絶え間なく続けてきた。
「二手か……面倒だ、なっ!」
実にちまちまとした相手を苛立たせる攻撃だったが、ソレーユは大した精神的ダメージもなくわりと平気そうにしている。敵を追い、足を取られては転がりそうになりながらも、なんとか堪えて、何度か繰り返す内にトラップを避けられるまでになっていた。
しかしブラックはそうもいかないらしく、攻撃を繰り返す手の動きが乱雑になっていく。
「ちょこまかと……!! 面倒だ、一気にいくぞ! レッド、清夏は任せたからな!!」
そんなブラックの性質を心得ているのだろう、レッドは特に気にした様子もない。
「わかっ――」
「きゃあああ!!」
答えたところへ突然つんざくような悲鳴が響いて、レッドとブラックは目を見張った。
「なっ……!?」
いつの間にか開かれた教室の入り口では、一人の女子生徒が恐怖に強張った顔でこちらを見つめている。
「安恵ちゃん……!」
その人影に、清夏がいきなり入り口に向かって走り出した。
「清夏!!」
レッドが呼んでも、清夏は足を止めない。そしてそれに気を取られたレッドへ、敵の円盤が襲い掛かる。
作品名:マーカー戦隊 サンカラーズ 作家名:葵悠希