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マーカー戦隊 サンカラーズ

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【第五話 セピア・カラー】


 ずいぶんと肌寒くなった空気を吸い、紅太はぼんやりと空を見上げる。
朝方人間のソレーユが自分の体に住むようになって以来、随分早くに起こされるせいで紅太の遅刻回数は減った。それは素直に感謝しようと、紅太は思う。
思う。けれど、これは。
「わー……綺麗な朝焼けだなー……」
〈いいものを見たな。早起きは三文の徳だぞ、紅太!〉
 さすがに半年も続くと、もともと宵っ張りだった紅太には真剣にキツい。



 今日も早すぎる時間に登校した紅太は、ものの見事に睡魔に負け、机に突っ伏していた。
 前の座席に座った良介はもうすっかり小言を諦めたらしく、そ知らぬ顔で文庫本を読んでいる。
「二人とも、おはよう」
 まだまだクラスメイトもまばらな時間。控えめな笑顔で声をかけてきた清夏に、良介が文庫本から顔を上げた。
「おー。はよ」
「むー……」
「亘くん、また寝てるの?」
 清夏のあいさつに、ほとんど条件反射のように紅太がうなり、すっかり普段のやりとりになってしまったそれがおかしいのか、清夏が小さく笑う。
 そうしながら清夏は、本を閉じた良介に小さなアルバムを差し出した。
「あのね、コレ。ずいぶん遅くなっちゃったんだけど……」
「ん?」
「夏休みに海に行った時の写真、持ってきたの」
「へぇ。ああ、サンキュ」
 受け取ったアルバムを開くと、まだまだ暑かった季節の光景が写真の向こうに広がっていて、意味もなく感嘆の声が漏れた。良介の耳にもう一人分のそれが含まれたのは、宿主が爆睡中のソレーユのせいだろう。
「うわー、スゲェな……」
〈良介、俺は!? 俺はいるか!?〉
「いるわけねーだろ透明人間」
 朝から無駄に元気いっぱいのソレーユへ辛辣な言葉を吐き、まるでかまう様子もなく良介がページを開く。清夏は少し困ったように笑っていたけれど、夏休みの一件以来、良介と紅太が姿も見えず声も聞こえない人間と話す光景に免疫がついてしまったのか、不思議そうな顔はしなかった。それはそれで別の問題がありそうだが、それはともかくとして。
 順番に写真を見ていた良介は、たまに手を止めると、しげしげと写真の中の光景を眺める。
「あー……これ。ルーナのアレか」
「ああ、アレ……びっくりしたよね。海でお姉さんたちに囲まれる男の人なんて、私初めて見ちゃった……なんか、ちょっと怖かったし」
「だな……」
 そのルーナは現在、良介たちが彼らと出会った屋敷に隠れ住んでいる。ホームレスが住み着いただなんて噂にならないことを、ただひたすら祈るばかりだ。
「んー……? なにー?」
〈お、起きたか〉
「あ。亘くん、おはよう」
 だんだんと登校してくる生徒も増え、学校がざわざわと落ち着かない雰囲気に変わっていく。そのせいかようやく起き出して来た寝ぼけ声に、良介と清夏が紅太を見た。
 紅太は座ったまま大きく伸びをすると、眠たそうに目をこすりながら大きく欠伸をする。
「ふぁあ……んー……おはよー。何してんの?」
「海行った時の写真だってよ。ホラ」
「ふーん……あーこれ、ルーナがピラニアにたかられちゃったヤツじゃん」
「ピラニア……」
 たしかにそう表現するのが一番しっくりくるような光景を思い出して、良介と清夏はそっと口を閉じる。
 登校時間独特の喧騒の中。行きかう生徒たちの頭は皆自分のことでいっぱいで、それは頭をつきあわせてアルバムを眺めていた三人も一緒だった。暑かった過ぎ去りし日を思い出し溜息をつく紅太に、そんなことより次の定期テストの勉強は大丈夫なのかと尋ねる良介と、その遣り取りを眺めて笑っている清夏。
 不意に廊下から耳障りな笑い声が聞こえて、三人は顔をあげた。
「ん? ……なんだ?」
 視線の先では何人かの女子生徒が、紅太たちを見て笑っていた。
「あ……」
 それに気付いて、清夏の顔色が目に見えて強張る。
 それに気をよくしたのか、リーダー格らしい女子生徒が笑みを深くして清夏に声をかけた。
「相変わらず仲がいいのね、関口さんは。男の子とばっかり。楽しそうでうらやましいわ」
「……えー……?」
 間近で見るのは初めての光景に、意味がわからなくて、紅太はぽかんと口を開ける。
しかし良介にはそうでもなかったようで、あからさまに不機嫌な顔になると、見下ろすように女子生徒たちを睨んだ。
「オイ。なんなんだよ、お前ら」
「あっ、藍川くん……」
 威圧的な良介の反応に萎縮したらしく、女子生徒たちの顔がわずかに強張る。
「なによ、ちょっと話しただけじゃない。それとも何? 関口さんから私たちの悪口でも聞いた?」
 しかし女子生徒たちはすぐに立ち直ると、バカにするような笑みを浮かべる。
 やっぱり何がなんだかわからない紅太は、言い合う双方を交互に見ていた。そして少し考えてみるが、元より独特の思考回路をしている上鈍い紅太に、状況整理というのは作業としては難しいものの部類に入る。
「なんだよ、良介。お前、清夏ちゃんからなんか聞いたの?」
「お前はちょっと黙ってろ……!」
 紅太の言葉に、良介は脱力したのか苛立ったのかよく分からなくなってしまったが、なんとか気を取り直したくて前髪を乱暴にかいた。
 その――二割程度は紅太による――苛立ちを感じ取って、慌てた清夏が女子生徒と良介の間に立った。
「あの、藍川くん。もうその辺で……」
「でもな、関口、こいつら――」
「お願い、もういいから!」
 清夏にしては珍しい大声で強く言い切られて、良介もそれ以上食い下がるわけにはいかなくなってしまう。とはいえむかっ腹は納まらないので、良介は相手に聞かせるつもり盛大に舌打ちをしてやった。
 それも含めたすべてが、一から十まで気に入らないのだろう。女子生徒は顔を真っ赤にすると、相変わらず緊張したままの清夏に目をやり、鼻で笑った。
「なによ、ぶりっ子ちゃんはこれだから得よね。どうもお邪魔しました! みんな、行こう」
 そう言い捨てて行ってしまった女子生徒を、良介は忌々しげに見送る。一方で、女子生徒たちに対して怯えたような反応の清夏に、良介はさらに眉間の皺を深くした。
「ったく、何だったんだよ今の……関口、知り合いか?」
「う、ん……」
 歯切れの悪い清夏の反応に、最初に予想していたことを確信に変えて、良介は自分の席に座り直した。
 しかし口を閉ざした良介の気遣いに気付かないのか、紅太たちはあっけらかんとした調子で口を開く。
〈たしかに、友達という雰囲気ではなかったな〉
「え、清夏ちゃんイジメられてんヘブッ!?」
「おーまーえーはー……っ!!」
「いいの、藍川くん……本当のことだから」
 沈んだ清夏の表情に焦って、なんとかフォローしようと良介が口を開いた。だが何を言ったらいいのかとっさに思いつかず、懸命に頭をめぐらせる。
 しかしそんな時に限って、タイミング悪く担任教師が教室に来てしまった。
「……っと。関口、あとで話そう」
「う……うん、わかった……」
 良介の言葉の何に驚いたのか、目を見張った清夏がつまづくように返事をする。
 そうして慌しく自分の座席に戻っていく清夏を見送りながら、紅太は机に頬をつけて少し考えた。
 その体勢のまま良介の背中を突き、肩越しにちらりと振り返った良介に向かってこっそり身を乗り出す。