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マーカー戦隊 サンカラーズ

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【第四話 赤に望んだ未来】


 一年の中で一番濃い色をした空の下、できるだけ木陰になっている場所を辿って、良介は歩いていた。陽の光と一緒になって降り注ぐように聞こえてくる蝉の鳴き声が、だんだんと頭を飽和させていく気がする。
 夏休み前半、一日分の講習を終えて帰路を歩く良介の足取りは、早くも夏バテかどことなくよたよたしていた。
 暑い、と心の中で何度も何度も呟きながら、吹き出る汗を手の甲拭う。
〈相変わらず頑張るな、お前も。このクソ暑い中を、よくも。参加は自由だろうに〉
 そこへ頭の中から嫌味な声が聞こえてきて、良介は苛立ちに顔を歪ませた。
「うっせ。学生の本分なんだよ」
〈夏休みなのに遊びもせず、わびしい青春だ〉
「お前、マジで腹立つな……」
〈その短気は暑さのせいか? まったく大した男だ〉
 ああ言えばこう言う、まったくこの男が実体を持っていたら頭を掴んでぶん投げてやるのに、と酷く暴力的な想像ばかりが頭を駆け巡った。
 相変わらず蝉は喧しいし、日差しは強いし、やっと吹いたと思った風は熱いし、アスファルトの照り返しはきついしで、もういいことなど何一つないような気がしてきた。苛立ち紛れに乱暴に頭をかくが、汗で指先が濡れて余計にイライラするものだからやってられない。
「朝早いからって八つ当たりすんな低血圧。一番涼しい時間に寝ようって方が俺にはわかんねぇよ」
〈爺むさいことを〉
「……っ、お前なぁ!!」
 いい加減我慢ができなくなって良介が声を荒げる。
 そこへ耳慣れない音が旋律と共に聞こえてきて、勢いをそがれた良介は辺りを見回した。
「……なんだ?」
 音は絶えることなく、夏の空気の間を流れていく。
〈あっちだぞ〉
 そしてルーナに促されるまま、良介は足を目の前の公園へ向けた。
 いつもはただ横を通り過ぎてしまうだけの空間だけれど、音に誘われたようになんとなく気を引かれて、敷地の中に足を踏み入れる。
 街路樹が作る木陰の下を歩き、噴水や、芝生の広場を抜けて。
そうして音のする方へ向かう良介の耳に、その旋律がだんだんと近づいてきている気がした。季節柄、日中の広場には誰もいなかったけれど、少し視線を逸らせば親子連れや、絵を描きに来ているらしい大学生、虫取り網を片手に走り回っている小学生なんかを木陰に見つける。それだけでついさっきまでの一人で通学路を歩いていた時より、暑苦しさを感じずにいられる気がするのだから、不思議なものだ。
 歩けば歩いただけ音が近づいてくる。しばらくすると、木陰の下にあるベンチで赤くて大きな箱を抱いた人影を見つけて、良介は足を止めた。
 奏者は額に汗を浮かべ、けれどいかにも気分がよさそうな表情で、演奏を続けている。
 その旋律に惹かれ、無意識のうちに良介は再び歩き出していた。
 そして前方不注意により、転がっていた大きな石に気付かず、つまずく。
「――ってぇ痛っ!!」
〈間抜け〉
 思ったより酷かった痛みについ声をあげて、良介はルーナの冷ややかなコメントに我に返った。
 つい今しがたまで聞こえていた旋律は止み、大きな赤いアコーディオンを抱えた男が、驚いた表情でこちらを見つめている。
 その呆気に取られた表情と、たった今男の目の前で晒してしまった醜態に対する羞恥心とで、良介は声もなくわたわたと両手を振った。
 しかしそれが余計に恥ずかしいことに気付いて、静かに手をおさめると、意味もなく制服の皺を伸ばす。
「あの、すいません、邪魔して。じゃあ……」
「あ、待って!」
 来た道を戻ろうと足を出したが、呼び止められて良介は動きを止める。
「よかったら聞いていってくれないかな? もし、時間があれば」
 男は笑い皺を作って良介の顔を見ると、癖なのか、そう言いながら軽く首をかしげた。

 夏の日もようやく傾き始め、演奏を止めた男が良介の拍手に立ち上がり、深く頭を下げる。
 そしてあらためて座り直すと、穏やかな笑みを浮かべて男は良介に声をかけた。
「ありがとう、最後まで聞いてくれて。君は……高校生かな?」
「はい。おじさんは……その……」
 どうやら彼は一日中ここにいたらしい。けれど見た目から判断するに、どう見ても学生ではない。とはいえ定年には程遠そうな相手に向かって、まさか無職ですかとも聞けなくて、良介は口ごもった。
 そんな良介の心境を察してか、男は声をあげて笑う。
「おじさんは社会人。今日は仕事が休みでね」
 そうやって話しながら、男はケースを広げ、アコーディオンをその中に仕舞った。
「休みになるたびにこうして流しで演奏をしてるんだけど、なかなか……」
 たしかに良介が来た時は誰もここにはおらず、良介が来てからも数えるほどしか人は通りかからなかった。ただ単純に場所が悪いだけという気もする。また一応という感じで置いてあった菓子箱には、申し訳程度のお金しか入っていない。当たり前だが、良介が思うよりずっと難しい世界のようだ。
 そう思うと、だんだんと不思議に思うことが増えてきて、良介はまじまじと男を見た。
「お子さんとかは、いらっしゃるんですか?」
「いるよ、小学生の女の子。最近ぐっと大人びてきてね。前は奥さんと一緒に見にきたりもしたんだけど……寂しいもんだね」
「アコーディオンはいつから……?」
「中学生の頃からだね。母親の言いつけで音楽クラブに入って、その時に初めて触ったんだけど。それからはコイツ一筋」
 なんとなくインタビューじみてしまった良介の問いに、男は嫌な顔もせず答えてくれる。
 男はずっと楽しそうに話していたが、アコーディオンに触れた時だけはひどく幸せそうな表情を浮かべ、愛おしげにそれを撫でた。
「弾いてるだけで楽しくてね、プロになりたい……って、思ってた時期も、あったんだよ」
 そんなにも幸せそうに語る内容が、急に過去のものになったことに違和感があって、良介は無意識に男の言葉を繰り返した。
「プロに?」
「うん」
「今はどうなんですか?」
 思わず口に出してから、しまった安易に口に出すべき話題ではなかったと、良介は慌てた。ただの通りすがりが聞くにしては、立ち入った話題かもしれない。
「今は……そうだなぁ……」
 しかし男は気を悪くした風もなく、宙を見上げて考えるようなポーズをとった。
 しかしわずかに目を伏せると、言葉を一つ一つ、置くような調子で口を開く。
「……一度見た夢っていうのはね、なかなか捨てられないもんだよ。結婚して、子供を作って。そこまできても……」
 そう呟いた声は、これまでのただ穏やかな空気とは違う、じりじりと燻るような熱を帯びて、良介の耳に届いた。
「いずれ分かるようになる」
 そうして続けられた声は意外なほど静かで、良介は面食らう。男の持つ気配は良介よりずっと年上の男らしい空気だったけれど、なんだか落ち着かないような、追い立てられるような不思議な感覚になった。
 その気配に戸惑う良介に構わず、男は着々と片づけを進めていく。そして楽器ケースを肩にかけて、そのまま立ち上がった。
 少し前まで漂わせていた穏やかな気配そのままに、改めて礼を言われて、軽く手を振った男が踵を返して、良介が来た道を戻っていく。
「……あ、あのっ!」
「ん?」
「あの……また来て、いいですか?」