表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(後編)―
現在は、関東支部の他の施設を攻めていた敵部隊もこちらに集中し、アーク関東支部の方は若干押され気味である。
「………全軍に告ぐ!作戦を第二段階へ移行!エリア1を放棄する!各自、最大限粘りながら後退!また、後退が完了したら直ちに第二部隊と交代し、各自休息を取るように!第三部隊は、第二部隊出撃後、待機に入れ!」
エリア1とは。
今回は、建物の外周部のスペースを、大きく三つの区画に分けているのだ。
もっとも外周部にあるのがエリア1。
その一つ内側にあるのがエリア2。
そして、建物のすぐ外が、エリア3だ。
そのエリアを、更に細かい区画に分けている。
その呼び方が、先ほどから飛び交っている『東-D』やら『北-B』やらという単語である。
エリア1の放棄というのは、つまりエリア2まで戦線を下げるという意味であろう。
また、第一部隊、第二部隊、第三部隊というのは。
今回の作戦では、支部の戦力を大きく三つに分けている。
その三つの部隊で、ローテーションを組んでいるのだ。
一つの部隊は前線で戦闘、一つの部隊は屋内で待機、一つの部隊は休息をとる。
そうやって、戦力を維持して行く作戦らしい。
『あたしの狙いは時間稼ぎだからね。』
というのは、ゆりの言葉だ。
「さて、これで戦況がどうなるか、だな。」
「ガタガタにならないといいけどねぇ………。一応特殊部隊に待機させておきましょ。」
特殊部隊というのは、携行ミサイルとかなんとか、つまりはトンデモ装備で固めた緊急時用の部隊のことだ。
出したら勝てるだろうが、ゆりは自重させる方向らしい。
「………レン!」
病院なのにドタバタと足音がすると思ったら、案の定雫が飛び込んできた。
「ねぇ、これ!」
「ああ。君のところにも置いてあったのか。」
ケーキを食べようと思ったら、プレートの下に封筒が置いてあってびっくりした。
そして、その内容を読んで、どう考えたらいいのか困惑していた。
唯一理解できたのは、これが『紫苑が言っていた問題』だってことだ。
さて、ボクのところに置いてあった封筒の中身を要約すると、以下のようになる。
『お前と結婚することは問題ないし、むしろ大歓迎だ。
ただ、約束した手前非常に言い辛いのだが………。
お前が消えたあと、俺のほうの事情も少々変わった。
今の第一目標は、雫を幸せにすることなんだ。
だから、差しあたっての問題は、雫だ。
あいつが不幸になるようなら、結婚は控えなければならない。
まあ、だから、雫と話し合って決めることになるだろう。』
………この手紙を書いたのは、明らかにボクのところに来る前だろう。
つまり、紫苑はボクが結婚の話を持ち出すと読んでいたことになる。
いや、そうじゃないか。
多分、紫苑のほうから話を切り出すつもりだったのだろう。
……この手紙の文脈から言えば、ボクと紫苑が結婚するのが前提ということになっているのだが、つまり紫苑は即決でボクから約束を取り付ける自身があったということか。
どれだけの自信家なんだよ。
いや、まあ実際、紫苑から持ちかけられたら一も二もなく承諾していたことだろう。
「えっ………?レンのところにも!?」
「ああ。そうだよ。ボクのところにあったのはこれだ。」
ボクは、封筒を躊躇なく雫に渡す。
話し合うんだったら、最初から全部公開してしまえばいいだろう。
下手に隠して、色々歪んでも困るし。
「わ、私のはこれ………!」
雫のほうも、ボクのほうに封筒を差し出した。
まあ、こっちは計算じゃなくて、単純に流れだろう。
ま、見せてくれるというのなら拝見しよう。
………以下、要約。
『雫。お前に話さなきゃならないことがある。
俺とレンが、結婚することになる。
お前がそれにあくまで反対するというのなら、三人で話し合おう。
俺とレンが結婚することによって、お前が不幸になるなら、取り止めるつもりだ。』
ボクのと比べて随分簡素な要約になったね。
……だが、今はそれよりも。
「紫苑はどこにいる?」
あいつなら、こういうことこそ自分の手でやりそうなものなのに。
「そ、それが、朝から姿が見えないの!お兄ちゃんだけじゃなくて、他の皆も……!」
朝から………?
「そ、それで、気になってお兄ちゃんの部屋を探してみたんだけど、コートがないの!」
「コート?ってまさか!」
「うん!私がクリスマスにプレゼントしたコート!!」
前に、こいつに散々自慢された。
去年のクリスマスに、紫苑にコートを買ったこと。
紫苑は、そのコートを普段はしまっていて、雫と出かけるときにしか着ないこと、とかを、凄く嬉しそうに語っていた。
そのコートが………ない?
つまり、どういうことだ?
雫と出かけるとき以外は着ないコートを着て出かける理由………?
どんな理由が考えられる?
コートがそれしかなかった?いや、そんな馬鹿な。
コートのクリーニングは夏にするもんだと相場は決まっている。
他のコートが使い物にならない?いやいや。
あいつが、そんな乱暴な使い方をするとは思えない。
自分が一番大切なものを、持っていった?
……だとすれば、どこに?
そして、何をしに?
そういえば、紫苑は妙なグループに所属していた。
ボクを助けてくれた、あの時の状況から推理するに………。
銃撃戦があるようなところ、そう、暴力団か、それに順ずる、または対抗する勢力。
あのときの紫苑の格好から察するに、公ではない組織。
あるいは、顔や名前が知られたらまずい組織。
そして、そのような組織にいると仮定して、わざわざ自分の最も大切なものを持ち出すような事態………。
何らかの大規模な作戦?
あるいは、死の危険があるとき?
いや、そんな組織にずっと所属してきたのだとすれば、そんな事態は何度もあったはず。
そもそも、以前から紫苑の姿が見えないときは多々あった。
その時は、決まってゆりたちの姿もなかった。
いや、紫苑が家に来る前から、ゆりたちが気付いたら消えているような事態もしょっちゅうだった。
だとすれば、ゆりたちも似たような組織に属していると考えていいだろう。
しかし、そういったことがあっても、ボクたちは気にしたことがなかったはずだ。
部活か、何かの活動に参加していると思っていた。
…まあ、活動には参加していたようだが。
仮定が正しいとすると、だが。
では、何故今回はこうも考えを巡らせているのか。
それは、様々な不自然な要因があったからだ。
例えば、ボクと雫のところに置かれた、封筒とか。
例えば、いきなり消えた、紫苑のコートとか。
………それだけか?
たとえば、勘の鋭い雫のこと。
何か、無意識下で引っかかっていることがあるのでは?
「ねぇ、雫。今日、何か気になる事はなかった?」
「だから、さっきからお兄ちゃんがいないって――」
「いや、それ以外だ。例えば、ニュースとか、新聞とか。」
「…………?んーと………。あ、そうそう。今朝のニュースでね――」
………爆発?それも日本各地で?
「雫、リモコンとってくれるかい?」
「え?うん。」
ボクはそのままニュースを点ける。
『えー、こちら、警視庁です!これから、記者会見が始まります。あ、警視総監の入場です!』
作品名:表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(後編)― 作家名:零崎