表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(後編)―
朝ごはんを作り、誰も起きていないから起こしに行ったら、誰もいなかったのでびっくりして、朝からどこかに出かけているのだろうと思い、一人で朝食を食べようと思った。
で、テレビを点けたら……このニュースだ。
「どういうこと?」
私は、思わずテレビに食いついた。
『えー、いずれの現場でも、自衛隊や機動隊が現場を封鎖していて、取材は不可能です。警察からの発表を待つようにとのことです!スタジオどうぞ!』
『続いて、警視庁の中西レポーター、どうぞ。』
『こちら、警視庁の中西です!えー、現在記者会見の準備が進められています!また、警察の方からは、『爆発音など、不審な音が発生した場所には近づかないように』との注意が出されております!』
「………まあ、私にはあまり関係ないかな。」
そう思った私は、朝食をかき込む。
それよりも、気になるものがあったのだ。
私の部屋にあった封筒。
お兄ちゃんの字で『雫へ』と書かれた封筒。
「一体なんなんだろう……?
「そういえばさ、煌。」
「何だ?」
戦況が落ち着いてきた頃合を見計らって、俺は、前々から疑問に思っていたことを聞いた。
「お前、何でそこまでゆりにつき従ってるんだ?」
「………何かと思ったら、そんなことか。」
「いや、前々から不思議だったんだよ。お前ほどの力があれば、もっと上のほうに行けたんじゃないか、とかね。」
数々の抗争を経験するうちに、煌の能力は目の当たりにしている。
いや、初めて見たときには体が震えた。
けどまあ、何事も慣れだな。
「あー……そうか。お前には話してなかったな。」
「そうそう。何でお前はそんなにゆりが好きなんだ?」
「お前は嫌いか?」
「いや、そういう意味じゃなくて。煌って、絶対ゆりのこと、女としても好きだろ?」
「……否定はせんがな。」
「まあ、話したくないなら話さなくていいし。お前とゆりって、いつも一緒にいるから、今聞いただけだし。」
「いや、いいよ。今暇だし。」
「そうか。」
どんな話なんだろう、と興味が沸く。
「あまり聞いても気分のいい話じゃないだろうが、まあ聞け。」
「ああ。」
「昔、1.15の悪夢ってのがあったのは知ってるよな?」
「ああ。それで、煌たちは離れ離れになったんだよな?」
「そうだ。俺は、前々から目をつけられてた研究施設に引き取られた。」
「輝たちの生活費を稼ぐため、だったっけ?」
「そうだ。」
「そこからどうゆりに繋がるかが分かんないんだが……。」
「まあ焦るな。その研究機関でな、オレは毎日実験に協力してたんだよ。」
「まあ、そうなるだろうな。」
「というか、ほとんど実験台にされてたんだよ、オレは。」
「…………。」
「脳の働きを調べるとか言ってなぁ。頭にあの丸い奴……つって分かるか?スポーツ選手の体の動きを調べたりするときに貼り付けるアレみたいなもんだ。それを貼り付けてな、こう、とんでもなく重いものを持ち上げさせられるんだよ。それで、脳波を取るんだな。」
「……………。」
「他にも、施設で働かされたりな。常人なら持てないレベルの機材を運ばされたりとかな。当時小学生だぞオレは。」
何だ………それ………?
「いや、いくらオレでも体力ってものはあるんだぞ?しかも当時、オレは全く力を使ってなかったからな。体力なんて普通の子供程度しかなかったさ。」
「あれ?でも……お前のとんでもない力って、こう、興奮状態にある時しか出せないんじゃなかったっけ?」
「ああ。だから、その力を出すために、特殊な薬を投与されてなぁ……。大変だったんだぞ、当時。体調はガタ狂いになるわ、便は不自然だわ、食欲なんて欠片も沸かないわ、その他諸々、な。興奮剤の実験も兼ねていたらしい。」
そんな………。
それじゃあ、ただの人体実験なんじゃないのか?
「他にも、腕を開いて筋肉の状態を見たりとかな。ああ、それは流石に麻酔をかけたがな。全身麻酔。」
「そんなこと、どうして!」
「だから、金を稼ぐためだって。実際、金だけは有り余ってたらしく、口封じも兼ねて、結構な金を渡されたさ。最終的には、十億だか二十億くらいだったか?」
「だけど、そこまでやらなくても………金稼ぎの方法なんて他にいくらでも!それに、お前なら逃げ出せただろう!」
「金稼ぎの方法ねぇ……。当時小学生だったオレが金を稼ぐ方法なんて、実験台になるくらいしかなかったと思うが。それに、逃げ出すのも無理だったろうなぁ……。」
「何で!お前の力なら!」
「だから、無理だって。当時の力でも、壁をぶち抜くくらいは出来ただろうけどな。だが、連中は当時最新の武装を採用していたし、俺を捕まえるためだけのマニュアルも用意されていた。一度逃げ出そうとしたが、まるで虫網で虫を捕らえるかのように、あっさり捕まったもんだよ。」
「………。」
「まあ、そんなこんなでかれこれ数年の間、その研究施設で実験台にされてたんだよ。」
そうだったのか………。
「実は、オレの髪が金髪になっちまったのは、その時の実験のせいで細胞が劣化したからなんだけどな。」
だからこんなに中途半端な色なんだ、と煌は言う。
確かに、煌の金髪は、染めたにしても天然にしても、不自然な色だった。
「まあ、オレにとって幸運だったのはな?」
「ああ。」
「その研究所が、霧崎と関係があったことだ。」
…………!
「オレも、施設にいたときに、一度だけ霧崎を見たことがあるんだ。」
「そうか、それでゆりが……!」
「ああ。そうだ。施設で生活して数年たったある日、施設に襲撃者があったんだよ。」
「襲撃者?」
「そうだ。その襲撃者は、たった一人でな。施設の人間も、たかが一人と思っていたらしい。」
「まさか……。」
「ゆりだよ。あいつは、オレですら封じ込めていた堅牢極まりない施設に、たった一人で乗り込んで来たんだ。恐ろしい執念だろう?」
「………。」
確かに。
「あいつはな、たった一人で乗り込んできて、施設を制圧していったんだよ。仲間の一人も連れずに、無数にいる警備員を相手取ってな。」
「制圧、しちまったのか。」
「そうだ。その施設には霧崎はもういなかったから、随分悔しがってたがな。」
「それで、煌を助け出した、と。」
「いや、ところがそうじゃねぇんだよ。」
「えっ?」
どういうことだ?
「いやな、何事かと思って俺が部屋から出てみると、そこら中に職員の死体が転がってるわけだよ。当時は脳が認識しなかったんだろうな。特に吐き気を覚えたりはしなかったが。それで歩き回ってると、オレと同じくらいの年の女の子が、銃を担いで歩いてくるわけだよ。ぶっちゃけ、殺されかけた。」
「………えー。」
「いきなり銃をオレに向けてな、発砲するんだよ、躊躇なく。で、オレは当然逃げるわけだ。すぐ横の壁をぶち抜いてな。」
そこで壁を壊すか。
「そしたら、あいつ、ちょっと驚いたような顔して、すぐに追って来るんだよ。どれだけ逃げても、臆することなくな。オレのほうが怖くなったぜ。」
「そりゃ怖いな。」
常人から見れば意味不明としか思えない怪力の奴を、武装しているとは言え単身追い回すなど。
「で、まあ、当時体力がほとんどなかったオレは、程なく追い詰められるんだよ。で、オレは死んだと思った。」
「そうだろうな。」
作品名:表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(後編)― 作家名:零崎