「姐ご」 7~9
それだけ言うと、姐ごは小走りに病室へ消えました。
装蹄師は、見舞い金の入ったふたつの水引をパタパタさせて、
窓際で外の景色などを見ています。
「いえいえ、
私は、人の恋路を邪魔するほど野暮じゃござんせん。
馬になぞ蹴られたくはありません。
だいいち、蹄鉄屋が馬なんぞに蹴られたら
商売が上がったりです・・・
くわばら、くわばら。」
実に、誰にでもしっかりと聞き取れることができる
装蹄師の独り言です。
「駄目と言われちまっては仕方ねぇ。
是非もねえかぁ・・・
たしかに、やくざ屋さんたちから見れば、
俺たちの堅気の世界の金額なんて、所詮は中途半端な病気見舞いだ。
おい、鉄屋、工藤に電話してこれからはゴルフに行くぞ。
残った時間が、中途半端すぎる」
「こらこら、人の商売を勝手に縮めるな、
鉄屋じゃねえ、蹄鉄屋だ、
正式には、装蹄師さまと言う」
「良いからとっとと、ごくどうに電話しろ」
「おいおい、病室に聞こえるぜ!
ごくどうは、まずいだろう、
工藤さんとか、工藤調教師と言えよ。」
「かまうものか、
相手は本物のやくざ屋さんだ
誰が聞いても、本当の話だろが 」
「それも、そうだな。」
何気なく瓦屋にささやいていたこの時の、
この姐ごの一言が、まさか現実になるとは、言った姐ごも、
当の瓦屋も思っていません。
この後、厩舎から工藤と正田を呼び出したこの呑ん兵衛コンビは
早々と約束のゴルフ場へと向かいました。
春先で、日差しが温かくなってきたとはいえ、
まだまだ風は冷たく、ましてや山腹にあるゴルフ・コースでは、
午後の2時を過ぎると気温は一気に下がり始めてしまいます。
3ホール目を終わった時のことでした。
瓦屋が軽いめまいを感じます。
「おい、地震だ。少し揺れたぞ」
「地震?気のせいだろう、
どこも、揺れてなんかいないぜ・・」
「そうか?気のせいか・・・
なんだか、揺れたような気がしたが。」
「めまいか? まさか、脳溢血じゃぁないだろうな」
「馬鹿言え、総長じゃあるまいし、
第一、俺はそれほどヤワじゃァねぇ、
気のせいだ、気のせい。」
しかし気のせいではありません。
こののちに、瓦屋も長いリハビリの日々を過ごしことになるのですが、
無事の復活は、はたしてあるのでしょうか・・・
それはまた、後の機会に譲ります
(9)に続く